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I'm walking on ice

 ──ぱち、と目を覚ます。ずきりと痛む腰をそっと摩って、一糸纏わぬまま、胡乱な頭でベッドから降りた。
 ふ、と。振り返る。もう見慣れてしまった黒の髪に手を伸ばしかけて、引っ込めた。僅かに苦笑を滲ませ、床に捨てたままだったシャツを羽織る。
 コップを二つ取り出して、冷たい麦茶を注ぐ。サイドボードに一つ置いて、もう一つは手の中で遊ばせた。

 からんころんと氷が鳴る。
 カーテンの向こう側は晴天らしい。隙間から漏れる光に目を細めた。

「あのさ、」

 小さくなった氷を、口の中で転がす。掛けられた言葉には視線で答えた。

「──キス、苦手なわけ?」

 咽せた。思わず噛み砕いた氷の所為で、頭がキンとする。動揺を少しでも抑えようと、問いを投げた相手を睨んだ。手の中、遊ばせていたコップはサイドボードに置いて。

「……べっつに、苦手じゃねえよ」

 何時もより荒い口調。カーテンを閉めていて、灯りもつけていないから、相手の表情は読めない。──よくない気配は、する。
 伸ばされた手が勇李の手首を掴んで、ベッドに引き倒した。随分と手慣れたものだ、と睨みを利かせる。

「弱点、ってやつ、やっぱあるんだ」

 ──灯りがついていたら、恐らく今までに見ない笑みを見れたことだろう。

 反論しようと開いた口は、重ねられた唇に塞がれて、声を発することも出来ず。背筋がぞくぞくとした。
 角度を変え、唇を割って入る舌が舌に絡められて、歯列をなぞり、息つく暇なく、──呼吸も忘れて。

 抵抗しようにも、両手はベッドに押し付けられていて、いっそ舌を噛みちぎってやろうと思っても、力なんか入らなくて。

「──は、んっ……も、ちょ、たん、まっ」

 銀の糸が伸びて。視界はぼやけて、呼吸はままならないまま、ただぞくぞくとしたものが背中を走り抜けて行くのを感じて。

 こちらを見下ろす東の目は、ひどく愉しげだった。

「ほんと、やめ、」
「──やめない」

 また、重なる。

(氷の上を歩いているような危うさ)

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