涼やかな風が吹く
昼休みを告げる鐘と同時に、エッシェは教室を飛び出した。手には黒の袋と紅の袋。それぞれお弁当箱が入ったそれを揺らさないようにして、屋上へとひた走る。――彼女は今日も、きっとそこにいるだろうから。
開け放たれた屋上への入口に飛び込み、つんのめりそうになりながら、貯水タンクのある方を見上げる。少しだけ強い風に煽られて、布のような何かがはためくのが見えた。
「リコリス」
梯子を登って、そう声を掛ける。
「おはよう、お昼ご飯食べよう?」
「……エッシェ」
貯水タンクに体重を預けてすやすやと寝ていた彼女は、足の上に掛けたカーディガンが飛ばぬように押さえながら、ぐっと伸びをして、小さく欠伸をひとつ。
「おはよう、エッシェ」
ふわり、笑う。風に遊ばれる銀紫の髪が、陽の光できらきらと輝く。目を細めてそれを少しだけ眺めたあと。
「結ぶよ、貸して」
リコリスから手渡されたシュシュを手にすると、彼女の後ろで膝立ち、慣れた手付きで髪をひとつに纏める。以前、食べ辛そうにしていたから、自分から言い出したのだ。
さらさらの髪は、指先をすり抜けて、彼女の背に落ちる。
「……エッシェ、食べよう?」
振り返り、不思議そうに小首を傾げる。一緒に食べ始めるのだと、当然のように言って。
「――うん、食べよっか」
それには満面の笑みで応え、少女の頭をひとなでした。――仄かに香るシャンプーの匂いに、少しだけ、どきりと胸を弾ませて。
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