何かが頬を伝っていく
帰れと告げながら、その手は千景の袖を掴んで離さなかった。
もう来るなと言いながら、その目は傍にいてと訴えかける。
目は紅玉のようだった。髪はぬばたま、肌は病的に白く、それが一際、彼女を美しく見せていた。満月の夜、封じ切れぬ妖力は花宵を本来の姿へと成長させた。薔薇のように赤い唇が震えている。
禍を呼ぶと言われた少女は、自ら牢に入ったという。
その辺りの事情を、少女は頑として語ろうとはしなかった。――教えてくれたのは、彼女の姉である、花霞だ。
初めは躊躇いがちであったが、彼女も花宵を救いたいと、そう思っている一人だ。
産まれた時から禍を呼ぶと言われ、一族から遠ざけられ、両親がどんなに切望しても抱きしめることすら叶わなかった。少女は気丈に振る舞ってはいたが、不安だったに違いない。
誰かを傷付けるくらいなら、自ら殻にこもろうと。
花宵は、そういう少女だった。
誰よりも自分に厳しく、他人に優しい少女だった。
「かよ、」
びくりと肩を揺らした花宵は、俯いたまま、握り締めたままの裾を離そうとしている。荒い呼吸だけがその場を支配した。
「そのままでいいんですよ、かよ」
「駄目だ。千景はわらわから離れねば、でないと、きっと」
「大丈夫です、大丈夫」
花宵の目は涙で潤んでいた。指先は冷え切っていて、血が通っていないのではと錯覚してしまうほどだった。顔色もどことなく青ざめていて、彼女がそれだけ恐れているのだと、千景は本能的に悟った。
「もし、大怪我なんかしたら、わらわはっ――」
「いいえ、しませんよ」
「何故言い切れる!!」
悲痛な叫びだった。
眦から落ちた涙を掬い、千景はそっと微笑む。
「僕はかよといて、幸せですから」
不幸になんてなるものかと、そう言い切って。
もう一度、言い聞かせるように。「大丈夫です」と、囁いた。
書き納め。というかこれが初書きですね。今年はありがとうございました、来年もよろしくおねがいします。
title by 確かに恋だった
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