あの日から、シェゾは時々お見舞いに来てくれるようになった。嬉しくて仕方ないのは確かだけど困ることもあった。少しでも症状の進行を遅らせるために飲んでいる薬や治療が体に合わないのだろうか、僕は度々吐き気に襲われるようになっていた。シェゾが居るときはなんとかこらえていたものの、ついに、耐えきれなくなる時が来てしまい思わずオケを手に取った。シェゾを突き飛ばし、出来るだけ離れて背を向ける。


「……っがは、あ、あ、見ないで、やだ、やだやだ、お願い……」

「ばか言ってんじゃねえよ!」


拒否するように片手を突き出していたのに、シェゾは駆け寄ってきて僕の背中をさすった。やさしく、やさしく。差し出された水を受け取り、勢いに任せて半分くらい飲んでしまった。見られてしまった、きたない僕を、いちばん見られたくない人に、見られてしまった。これほど情けなくて惨めなことがあるだろうか。


「お願い、きら、に、ならな、で」

「なに当たり前なこと言ってんだ、嫌いならこんなことしない。お前もバカだな」

「だ、って、こんな……」


僕は初めて彼の前で泣いた。いや、自然と出てきたと言う方が正しいかもしれない。まるで呼吸をするように。シェゾはただ力強く抱き締めてくれた。あたたかい人肌、トクンと互いに伝わる鼓動。僕は生きている。まだ、こうして息をしている。
ふと、アミティの笑顔と文字が強く瞼の裏側に現れた。しあわせとは、何のことを言うのだろう。シェゾにとってのしあわせとは何なのだろう。隠し事をされてるのに、お見舞いに来てくれるなんて、君は本当に優しいおバカさんだね。もっと楽しいことだっていっぱいあるのに、わざわざこんな薬の匂いが染み付いた場所に来るなんて。いっそのこと、僕なんて存在を忘れてしまえばいいのに。そうすれば君はいつものように笑うことが出来たはずだ。こんな無駄な時間は過ごさなかったはずだ。駄目だね僕、どんどん考え方が暗くなってる。


「お前がいない世界なんて考えられない。俺はお前と生きている。だから今の俺が居るんだ」

「……シェゾは、しあわせ?」

「しあわせだよ、お前と居る時間がイチバンしあわせだ」

「……ありがとう」


耳元で呟く声がくすぐったい。水で存分に薄めた絵の具をぶちまけたみたいに、心にあたたかいものが広がる。ポツリポツリ、僕はようやく病気について話し始めた。今まで隠し通してきてごめんね、あと一歩の勇気が出なかったんだ。優しく撫でる手の平は、まるで安定剤のように僕を落ち着かせた。シェゾは最後まで口を挟まず耳を傾けてくれて「ごめんなあツラかったよなあ」と頭をくしゃくしゃ撫でた。君はズルい。僕が言わなきゃいけない言葉を、僕の言いたいことをいつも先取りして言ってしまう。そのうえ僕が欲しい言葉までくれるから、どうすればいいのかわからなくなっちゃうよ。










うん、ぼくにとってのいちばんのしあわせも、きみなんだ


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