診断時間になったのか、またねと言いながらアミティは部屋を出て行った。その背中を見送り、この一週間ずっと放置していた携帯でもチェックしようと病室を出た。繋がったままの管をカラカラ引きずりベンチに腰掛ける。青空に目を細めながら携帯を開くと、たくさんの着信やメールが入っていた。両親や担任、クラスメート――ふと見慣れた名前に釘付けになり、体が震えた。大好きな、彼の、名前が。指先まで震えて操作がままならない中、ようやくメールを開くことが出来た。


《風邪は大丈夫か?ノートなら貸してやるから今はとりあえず寝とけ》


非常に簡素なメールだった。でも、もらったどのメールよりも嬉しくて優しくてあたたかくて、不意に瞳からパタリと落ちた雫が画面を濡らした。「会いたい……よぉ」携帯にすり寄るように握りしめ、声を振り絞る。寂しさや愛しさが溢れるように、頬をあたたかいものが伝っては落ちる。たった数日会わないだけでも、こんなに懐かしくなるなんて思わなかった。でも僕は、今の姿を君に見られたくない。ポツポツと文字を打ったが、結局送らず消してしまった。
少し外に出るだけでもひどく疲れ、太陽を浴びるだけでもクラクラし、どっとのしかかる倦怠感を感じずにはいられなかった。こうやって弱っていくのだ。少しずつ、少しずつ。病室へと続く階段を登りきったそのとき、心臓が止まりそうになった。彼が――恋い焦がれたシェゾが、立っているんだ。見間違うはずがない。逃げ出したくなった、なのに、体は勝手に動いて彼の肩を叩いていた。ビクッと跳ねるのを見て、ついクスリと笑う。君ってば驚きすぎだよ。
そっと病室に入るシェゾの背中が何故かすごく大きく見えて、思わずドキッとした。本当は、ごめんねと言いたかった。ありがとうと言いたかった。しかし僕はたわいない会話だけをして、挙げ句の果てには


「せっかく来たところで悪いんだけどね、もう暗いから、そろそろ、帰ったほうがいいんじゃない?」


と言ってしまった。いつボロを出してしまうかわからなくて、君の反応が怖くて、疎遠するような言い方をしてしまったのだ。すぐさま後悔した僕は、自嘲気味に薄く笑った。もっと違う言い方も出来たはずなのに、せっかくシェゾと会えたのに――ごめんね。彼は驚いた顔をした後、「また来る」と僕の頭を優しく撫でた。
僕は、たった数分だとしても、また君に会えたことが本当に嬉しくて嬉しくて、同時に切なさが溢れて止まらなくなって。じんと熱くなる瞼を押さえ付けた。





あれから何時間経ったのかもわからない。ただ、ぐるぐると同じことだけを考えていた。しばらくして僕は、この寂しさを紛らわそうと勉強に打ち込んだ。ギリリ、奥歯を噛み締めバカみたいにガリガリとペンを動かす。悔しい、抗えないのが、悔しくてたまらないんだ。僕はきっと、このまま、なかったことにされてしまうのだろう。それって、とても、怖いことだ。昨日まで居たものが、今日にはいなくなっているかもしれないのに、誰にも知られず誰にも認められず、誰の意図も関係なく消されてしまうのだ。
カタンと手の平からペンが落ちる。最後の文字だけ、異様に歪んで見えた。僕は何をしているのだろうか。がんばらなきゃ、いけないのに――


(なにを?)


ズン、と心が重くなる。僕は諦めてはいけない。今日生きているのなら、明日生きられるのなら、がんばらなきゃいけないんだ。点滴が繋がっている場所がジンジン疼く。かきむしりたくなる衝動を堪え、僕はペンを拾った。










うん、生きるんだ、明日も――‥


(目眩が、した)


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