僕に変化が訪れたのは、本当に突然のことだった。いつものように学校に向かっている途中に目眩がして、ついその場にしゃがみ込んだ。きっとただの立ちくらみだろうと思っていたが、今回のは何か様子が違うらしい。いつまで経っても視界はぐるぐる回ったままで、意識を手放そうとするもそれすら許されず喘ぎ苦しんだ。手探りで携帯を取り出したが、手に力が入らず落としてしまい、拾おうとした体制が崩れて地面にうずくまってしまった。





それからは、どうなったのかわからない。気が付いたときにはどこかのベッドに横たわっていたのだ。汚れを知らない堅くて真っ白なシーツ。僕の体には管や呼吸器が繋がっている。ボーっと天井を見つめていると、医師が入ってきて説明を始めた。僕は、あの有名な病気で少々手遅れらしいです。手術や放射線治療をすれば治るかもしれないけど、それは極めてマレな話で治ったパターンはごくごく少ないらしいです。要するに、遅かれ早かれ僕はこの病気のせいで死んでしまうんです。
何故だろう。悲しいはずなのに寂しいはずなのに、どこか知っていたような気がして何の感情も沸き上がらなかった。べつに諦めたわけでも絶望したわけでも無い、が、そのときは文字通り「何も」感じなかったのだ。そうして僕の入院生活が始まった。はっきり言ってとても退屈だ。鳥の鳴き声がうるさく感じるくらい静かで、おとなしくしてなきゃいけなくて、だから僕は持っていた教科書とノートを開いて自学をした。成績良好な僕にとって勉強は苦じゃなかったが、ひとりでやっていてもすぐに飽きてしまった。
ある女の子が、開け放した病室のドアの向こうから興味津々でこちらを見ているのに気付き、手招きをしてみる。人懐っこい笑顔を浮かべて駆けてきたその子に、ビンいっぱいに入ったマシュマロ(市販のものを、いつでも眺められるようにビンに入れたんだ)をひとつ差し出すと、彼女はパァッと明るく笑った。笑顔がとても似合う子だ。可愛いパジャマを身につけているのを見たところ、彼女も入院しているはずなのに無邪気で明るく、名前はアミティと言った。中学生くらいなのだろうが少し幼く見える。


「ちょっと、待ってて!」

「あの……」


パタパタと離れる背中を見送り、窓の外に目を向ける。雲がひとつも無く、どこまでも青空が広がっている。これじゃ隠れ場所が見つからない。じいっと空の果てを眺めていたら、病室が近いのだろうか、彼女はすぐに帰ってきた。グーにした手を突き出され、反射的に受ける。僕の手の平に転がっていたのは、一粒の大きい金平糖だった。どうしよう……実は僕、甘いものを食べ過ぎちゃうから看護士さんから禁止令が出てるんだ。それに、食べるのはなんだかもったいない。ううーん、と考えた結果、もうひとつビンがあることを思い出しそこに入れる。カランと透明の底に転がる金平糖を見て、僕たちは顔を見合わせ笑った。
それから毎日、アミティは遊びに来ては金平糖を一粒にくれた。僕からはマシュマロをひとつ。アミティも、自分で持ってきたビンにマシュマロを入れて得意げにニィと笑う。妹が出来たみたいで、僕まで嬉しくなった。


「レムレスのビン、なんだか星屑が散らばってるみたいだね。私のは、天使の羽みたい」

「綺麗だね」

「私、これ、好き」


両腕に抱いたビンをぎゅうっと抱きしめたアミティは、うっとりと窓から見える青空を仰いだ。仕草や言葉のひとつひとつがアミティらしくて、つい笑うと頬をぐりぐりつつかれる。「レムレスのほっぺたもマシュマロみたい」そう言ってカラリとした笑顔を浮かべる。「君もマシュマロだよ」僕はアミティのほっぺたをつまみ、つられるようにふふっと笑った。彼女の笑顔を見ていると、不思議と僕も明るくなるのだ。まるで、お互い入院中だということを忘れてしまうくらいに。










うん、だって僕たち、元気なんです


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