病室の前で、何かに耐えるように唇を噛み締め、拳を堅く握ったままの状態が続いていた。その時間が長いのかも短いのかもわからない。室内なのに廊下はやけに肌寒く、吐き出す息は白かった。ここまで来たと言うのに俺は何をやっているんだろう。ただ――ただ会うだけじゃないか。怖がる理由なんて無いだろ?
突然、後ろから肩を叩かれたおかげでビクッと跳ね上がる。看護士に咎められるのかと思って恐る恐る振り返ってみると、顎が外れるくらい驚いてつい叫んでしまった。慌てて俺の口を押さえる相手は、なんとレムレス本人だったのだ。これを驚かずに居られるだろうか。


「シー!仮にも病院なんだから、お静かに!ぼく驚いたよ、まさか君の幻覚が見えるなんて……って、もしかして本物なの?」

「当たり前だろ!」

「え、あっ、本当だぁ」


レムレスは俺の頬をつまみながら緩く笑った。シンプルな部屋着を着て、細くて白い腕に管が繋がっている以外は何も変わっていないように見える。少々やつれているのが気がかりだ。恐る恐る病室に足を踏み入れると、レムレスのベッドは窓際なのだとすぐにわかった。外は闇に包まれてチラチラと街の明かりが灯っているから眺めは良いのだろう。脇の台にはマシュマロがたくさん入ったビンや金平糖が少しだけ入ったビンが置いてある他、教科書が積み重なっていた。レムレスらしいなと口角をわずかに上げると、俺の表情に気付いたレムレスは苦笑いを浮かべた。


「あれね、飾ってあるだけで食べちゃいけないんだ。や、なんかさ、お菓子無いと落ち着かないっていうか……」

「そう、なんだ」

「……あ、あのさ、シェゾはどうしてここに来たの?」

「その、まあ、いろいろあってな」


レムレスの問いかけに上手く答えられなくて、もごもごと言葉を濁してしまった。どうにも上手い言い回しが思いつかない。これだから口下手は困ったものだ。ふと、疑問が再び浮上する。レムレスの病気とは一体何なのだろうか。もしかしたら、病気ではなく怪我をして入院中ということもあり得る。いやしかし、レムレスはお菓子を食えないと言っていた。だとしたら胃炎や盲腸の類か。だいたい、入院と聞いただけで俺の早とちりだったり考えすぎなのかもしれない。すぐ退院出来る可能性だってあるじゃないか。眉を寄せて悶々と考え込んでいたら、レムレスが小さく口を開いた。


「せっかく来たところで悪いんだけどね、もう暗いから、そろそろ、帰ったほうがいいんじゃない?」


寂しそうな笑顔に言葉を失う。俺は唇を薄く開いて、また閉じた。かけようとするどんな本当の気持ちも言葉も、まるで嘘のように意味の無いものに感じられるのだ。ポンと頭を撫で「また来る」という言葉だけを残して部屋を後にする。レムレスはどうしてあのような表情をして何を考えていたのだろうか。不自然なくらい明るく見えたのは俺の気のせいなのだろうか。俺バカだからさ、言わなきゃわかんねえよ。










なあ、来たのは正解なのか?それとも不正解なのか?


(後悔ばかりが浮かんだ)


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