この森には、一カ所だけ黒くぽっかりと空いた穴がある。今日はからっぽだった。その中には、たまに何かが落ちている。怪我をした鳥さんだったり、投げ捨てられた花だったり。それを見つける度に深くも浅くもない穴に入って、何事もなかったかのようにそっと地上へ戻していた。怪我をしているのなら手当をすればいいし、枯れてしまいそうなら再生を祈って埋めればいい。偽善とか正義とか、そういうんじゃなくて。ただ落ちていたから助けた、それだけなんだ。見つけられなかったら存在すら知られないそれらが、自分の手によって再生する。それが不思議でしょうがなかった。
次の日も穴を見に行ったら、何かが落ちていた。緑色の人間みたいだ――緑色?どうしようかと少し考えて、助けることに決めた。まさか人間が落ちているなんて、どんなに間の抜けた人なんだろう。グイと腕を引っ張ったら、上半身だけ顔を出すその人。打ち所が悪かったのか気を失っていて、ぐったりと力無く寄り掛かっている。大丈夫かなこの人。少し離れた場所に帽子と箒が落ちていた。


「………まほーつかい?」


そうとしか思えなかった。まさかいまどき魔法使いなんてと笑ってみても、ちょっと信じてみたり。とりあえずこの緑の人を穴から引きずり出そう、と綱引きのように引っ張る。手中の緑は、体中の体重がダランとぶら下がっているみたいですごく重い。ふぬぬ、と引っ張るがなかなか上がらない。背、高いんだなこの人――ってそれどころじゃないや気を抜いたら自分まで落っこちそう。引っ張ることに専念していたら息までも止めてしまって、みるみる顔が赤くなっていった。


「………っりゃあああ!」


力を振り絞って引き上げたら、勢いあまって緑の人は宙を飛んだ。背負い投げをやったみたい――あ、あーヤバいかも……木にぶつけちゃった。不可抗力だったとしても悪いことしたなぁと思い、近くの日陰まで連れて行く。本当はだっこ出来ればよかったけど、もうこれ以上は力が入らないから引きずった。片手には彼を、片手には帽子を柄にひっかけた箒を。ずるずるとおかしな線が、自分達の後をついて来た。
ちょうど大きな陰を作る木の根本に、くてりと横たわらせる。よく見てみたら、顔が整っていて綺麗な人だった。透き通る白銀の髪をサラリと撫で、横に腰掛けて欠伸をひとつ。今日はいつもより疲れたし、おかしなものを拾った。ヒラヒラと舞う蝶を目で追っていたら、いつの間にか浅い眠りについていた。




パチリと目を開いたときには、周りは真っ赤に染まっていた。なにしてたんだっけと考えながら、ふと横を見る。ああそうだ緑の人――あれれ。彼は居なかった。彼の帽子も箒も、姿を消していた。代わりに袋にくるまれた棒付きキャンディと、ありがとうの文字。本当に魔法使いかどうかもわからないまま、喋ることもないまま彼は消してしまった。夢かもしれないと思っても、横に置いてあるものが現実だと主張する。
「ありがとう」なんて。言い慣れていないから、くすぐったい。またいつか会ったら、今度はこちらからありがとうを言おう。





また会いましょう



―――
30000打フリリク企画!
シグレムとのリクエストを頂いたので、知り合う前の二人はこんな感じかなーと書いてみました。直接的な二人の会話はありませんが、後に仲良くなればいいと思います^^
企画に参加してくださってありがとうございました!



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