レムレス視点。




見つかる前に、はやく逃げよう。腫れた目をこすりながら、僕はもそもそと動いた。……駄目だ、泣きすぎて気持ち悪い。


「ひかり……」


明け方になったのか、カーテンの隙間から光がチラチラと差し込んだ。それを見たら少しだけ安心した。声がかすれるから水でも飲もうとキッチンに向かう。カチャカチャとコップをいじっているとき、突然頭が痛くなった。割れるような痛みに耐えられなくて、床にうずくまってしまった。




「…シェゾ…ま……して…」

「そ……し……だろ」




なんて言っているかは途切れ途切れでわかりにくいけど、これは――き、おく……?ふっと痛みが消えて開放されたが、心臓は跳ねたままだった。確かに“僕”は“シェゾ”と言っていた。


「やだ……やだやだやだ!」


頭を抱えて叫ぶ。止まったはずの涙がまたこぼれ始めた。思い切り殴られたような衝撃から抜け出せない。


「僕を“僕”にしないで、お願い…」


例の青いクッションが目に入った。途端に、光景が浮かんで僕の脳内を支配する。今度は、会話がはっきり聞こえた。僕とシェゾの楽しそうな笑い声や、はにかんだ笑顔に吐き気がした。


「ぼ、く……?」

(誰だよ、これ)



レムレス、と耳元で囁かれたような気がして、思わず耳をふさいだ。どんな些細なことでも、見たら聞いたら何か思い出しそうで怖かった。


「……っ」


息を飲む。鏡に写った自分の顔に驚き、びくりと体を震わせてしまったようだ。目を隠していた包帯が取れかかっていて、巻き直すのも面倒だから俯いて髪で隠した。


「なんでいまさら……」


なんで、どうして?ああそうか……この家に来たから。きっとそう、なんだね。自分の息遣いが荒い。苦しい気持ち悪いどうしようどうすれば……。そういう思いが一気に駆け巡って、頭の中をごちゃごちゃに掻き乱した。


「さ……よ、なら」


さよなら、さよなら。精一杯振り絞った声が聞き苦しい。誰にともなく呟かれた言葉は誰かに届くのだろうか。ごめんなさい……僕は消えます。最後には君の幸せを祈って。ごめんなさい、ごめんなさい。君の幸せを祈れるような立場じゃないのに、祈ってしまってごめんなさい。


「ばいばい」


ガチャリとドアを押して、明るくなり始めた街に飛び出した。いや、正確に言うと飛び出そうとした。ばすっ、と何かに包み込まれる。もがいても逃げ出せず、苦しくて何も見えない。


「つーかまえたっ!おはよ」

「は……離してよ」

「なんで?会いに来たのに」


ふわふわ、撫でられる。僕は自然とおとなしくなった。ばいばいって言ったばかりなのに。タイミング、悪すぎだよ……。





よならを告げた方が良いのかな。


(決断した瞬間に崩された)

(えっと、じゃあ僕の決断は一体…)


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