池袋の某所で、地鳴りするような轟音が響き渡る。いつもの事だとでも言わんばかりに避けていく人だかりのせいで、問題の二人の周りにはポッカリと空間が出来ていた。いつにも増してヒートアップしているのか、互いの罵声は止まる事を知らない。それを少し離れた場所で、ただ静かに見守るブレザーを着た少年。瞳はある一点だけを追っていた。







(臨也さん……また、静雄さんと喧嘩してる)


楽しそうだなあ、とかちょっと羨ましいなあ、とか。そう思うのはおかしいのかもしれないが、生き生きと輝く二人の顔からは楽しさが滲み出ていた。あの二人は、どれくらい一緒に居るのだろうか。互いの過去を、どれくらい共有出来るのだろうか。僕は、ようやく未知なる世界へと飛び出して来た田舎者の一人。彼らと――彼と出会ってから、まだまだ日が浅い。


「臨也、さん」


愛しい人の名を呼ぶ。彼の目線から自分はどう見られているのか気になるけど、知るのが怖い。子供扱いは嫌なんだ。ああ、彼と相対出来る静雄さんが羨ましい。でも羨ましがっているだけじゃ何も変わらないし、これ以上前に進めないんだよね。僕は僕なりに、何か出来るのかな。
ぼーっと。目は彼を追いながら、思考はどこか遠くへ飛んでいた。あーあ、静雄さんまた看板を駄目にしちゃったみたい。あー、なんかこっち飛んでくるように見えるすごいなあ。あー、あれ……?看板が近い。こっちに向かって来てる―――?


「ってちょっと待てぇえええ!」

「きみ、危ないよ!ん、あれ?帝人く……帝人君!?」

「チッ手前が避けるからだろうが!」


一度に三人の叫び声が重なって、言葉にならない雑音となった。看板がビュンビュンと風を切って飛んでくる。それはもう、真っ直ぐ平行に。動く間も無いまま、目前に迫ってくる自分の死期。


(ああ、僕――死ぬんだ)


恐怖のあまり足がすくむ。目をぎゅっと閉じてこれからくる痛みに耐える覚悟をした。ガツンと鈍くて低い音がして、でも何故か痛みはやってこなくて。恐る恐る目を開けたが、黒い物が視界を覆って何も見えなかった。何が起きたのかと困惑しながらも、真っ白になってフリーズした頭を必死に働かせる。徐々に脳が回転を始めてようやく自分を包む温もりに気付いた。その黒がズルリとずり落ちて視界が開ける。紛れも無い、臨也さんの姿が――。


「臨也さん……?」

「みか、ど……く…大丈夫?」


掠れた声、染める生温い液体。ああそうか―――臨也さんが、咄嗟に僕を守るように抱きしめてくれたんだ。看板は臨也さんの頭に直撃したようで、そこからドクドクと赤いモノが溢れている。静雄さんの近付いてくる足音に、ついビクリと体が震えた。怖い――怖い、よ。臨也さんをぎゅっと引き寄せ、精一杯静雄さんを睨む。静雄さんは僕の睨みなど感じていないかのように突っ立ったまま頭を掻いた。


「……手当て、してやるからそいつをよこせ」

「……い、嫌です」

「悪いようにはしねぇよ」

「……やめて、ください」

「わかった、じゃあお前も来い……それならいいだろ?」

「…………はい」


静雄さんはぐったりしたままの臨也さんを軽々と抱き上げて肩に担ぐ。歩くペースの早い彼に、僕は小走りしてついていった。道中、臨也さんはピクリとも動かなくてとてつもない不安に襲われた。自分のせいで――自分が居なければ臨也さんは。悲しくて心が痛くて情けなくて、泣きそうになった。


「臨也さん……大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だろうよ」

「………ならよかったです」

「悪かったな、巻き込んで」


あの静雄さんに謝られるなんて思ってなかったから、驚きを隠せなかった。丁寧に処置をしていく姿から、本当に臨也さんが大切なんだと思った。嫌いだの死ねだの言っても、いつも喧嘩していても、大切な人という事には変わりないんだ。真っ直ぐすぎる人なんだな、と。なんか悔しくて、カッコイイと思ってしまった。


「……静雄さん」

「んー?」

「僕、負けませんから」

「何を?」

「いえ、こっちの話です」


静雄さんはハテナマークを浮かべて首を傾げ、ほぼ同時刻に臨也さんがもぞもぞ動き出した。うっすらと開いた目を僕達に向け、ニィと笑ってみせる。軽口を叩く彼は、いつもと変わらなくてこっそり安心した。














(死期は突然訪れる)

守られてばかりじゃ駄目なんです


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