某新宿マンション前で、ある少年がガラス窓の一角を見上げる。視力が良いのか、悪いのか。ただ、じっと見つめて何かを考えているようだった。
そんなことも知らない俺は、コーヒーを飲みつつパソコンをいじって仕事に没頭していた。今回の依頼はなかなか面白くて興味と意欲をそそるねぇ。パソコンやスキャナーがカタカタと軋む中、インターホンが鳴った。チラッと壁にくっついているモニターを見たら、ブレザーをきっちりと着こなしたおとなしそうな黒髪の少年だった。あどけなさが残る幼い顔立ちだけど、油断禁物。何をしでかすか解らないから、こんな俺でも対応に困るときがある。


「こんにちは」

「あー、んー、やあ」

「そんな溜めなくても……」

「いや、びっくりしてさ」


ロックを解除しない理由も特に無いから、快く受け入れる。ただ、波江が不在だったのが残念でならない。この子と二人っきりになるのはちょっと危険だということを、身をもって知っているからね。突然の訪問客をソファーに座らせて新たに煎れたコーヒーを差し出す。怖ず怖ずと受け取る姿は、謙虚な高校生にしか見えない。そんな彼がどうしてこんな辺境の地に来たのだろうか。とりあえず、訪問した理由と用件を聞こうと向かい側のソファーに座った。


「どうしたの?わざわざ来たのは理由があるからでしょ?」

「あ、いえ……特に」

「ふうん、へえ」

「……誕生日なんですよ、今日」

「おめでと、プレゼントは俺からの投げキッスで」


冗談混じりに指を唇に当てて帝人君に向けて投げかけたら、予想通りひょいと避けられた。うーん、相変わらず反応が早い。ククッと笑ったら帝人君もクスクスと笑った。ぶっちゃけ、彼と俺は正反対。そんな二人が一緒に居るのはおかしいと思われているはずだ。お互い無い部分を補っている、っていう感じなのかなあ。また、クスリと笑顔がこぼれた。


「ごめんごめん、冗談だよ!プレゼント何がいい?」

「普通にキスでいいです」

「わーお、キスを普通と言うなんて君もなかなかやるね」

「嫌味ですか」

「だって俺、純情だもん」


ニィ、と唇を片側に吊り上げる。帝人君って、大胆なことをサラリとやってのける。俺の予想範囲をはるかに越えるから面白い。平和島静雄のような者とは少し違うが、普遍性を感じさせないオーラが彼にはある。いや、むしろ普通という名の異常。いいねぇ、いいねぇ面白い。


「いいよ、ちゅうしようか」

「意外と乗り気ですね」

「だって君へのプレゼントだから」


帝人君の側まで行って、自分から顔を近づける。彼の手によって後頭部を押さえ付けられ、互いの唇が重なった。どちらのかもわからない唾液が顎を伝うが、気にしない。酸素が行き届かないせいか、思考がぼやけてきた。キスというものは苦しい……苦しいから、求めてしまうのだろうか。
ちょっと――本気で苦しい。帝人君の胸をドンドンと叩くが、やはり離してはくれなかった。なんかトイレ行きたいよ――トイレトイレトイレトイレトイレトイレ。頭の中は、彼には申し訳無いがトイレのことばかり浮かんだ。帝人君とトイレが入れ代わり立ち代わり浮かんでは消え、思考回路をショートさせる。しばらくしてようやく唇が離れたが、ちゃんと息が吸えるまで時間がかかった。呼吸のやり方を忘れてしまったかのように、口がぱくぱくと開閉するだけ。なんか情けない、俺。


「……ご馳走様です」

「…っは……長、いよ」


くて、とソファーに寄り掛かりながら横を見たら、満足そうにコーヒーを飲む帝人君が目に映った。あーあーあー――まあ、いっか。















(コーヒーフレーバー)

普通のキスの味、苦いんだね



―――
帝人誕生日おめでとう!あの、トイレ〜の場所は感じてます、臨也さん。


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