煎れたてのコーヒーから白い湯気が出ていて、指でくるくる弄ぶ。えーとまあ、要するに、暇だ。実際は暇ではないのだが、いつもと変わらない日常になんとなく暇だと感じてしまう。 片手でパソコンをカタカタと鳴らし、もう片方の手では波江が煎れたコーヒーを飲む。そう、いつもと同じで――ぶっはゴホうぇ……ッゴホ……見事にコーヒーにむせたが、どうか受け流して欲しい。波江は、かっこつけてるからよと嘲笑を残して部屋から出て行った。かっこつけてるつもりは全くと言ってもいいくらい無いけど。じゃあ他に考えられる可能性は、俺から出るフェロモンが勝手に波江の頭をおかしくしてしまったということだけだろう。とまあ、こんなことを考えてみても暇なのには変わりなくて。 コーヒーのシミを残すジーンズを替えようと席を立ったと同時に、チャイムが鳴る。どうせいつもの女の子か、波江が忘れ物でもして取りに来たのだろうと思っていたら、ブレザーを纏った童顔の少年だった。最近彼はしょっちゅう来るから、突然の訪問にももう慣れた。心の隅っこにはちょっと彼の訪問を待っている俺が居るけど、知られないように気付かれないように、細心の注意を払っている。だってホラ、あの折原臨也が……って思われたら、なんか恥ずかしいじゃん。 「やあ帝人君、入りなよ」 「お……お邪魔します」 ドアを開けて促すと、訪問客はほんのりはにかみながら足を進めた。彼がある一点を見ていることに気付いて視線を追うと、片足だけ黒くなった俺のジーンズだった。そういえば履き替えようとしていたんだっけ。 どうしたんですか、と聞かれる。コーヒーをこぼした、と答える。間抜けですね、と笑われる。否定出来ない俺は無言で苦笑した。帝人君を来客用のソファーまで案内し、少し待っていてと言い残して部屋を後にする。彼がついて来ているとも知らずに。 帝人君が来たことでいつもの日常から一転して非日常に早変わりしたため、ジーンズを探しながらついハミングする。嬉しい、楽しい?いや、ただ純粋にワクワクしているのかもしれない。 ピッタリと張り付くジーンズを途中まで下ろしたら、バランスを崩してしまった。こんなことになるなら、スキニーなんて履かなきゃよかった。ぶつくさ文句を言い、座りながら残り半分を脱ぐ。不意に後ろから笑い声が聞こえ、びっくりして振り返ったら帝人君が口を押さつつも笑っていた。もしかして……見られてた、とか。 「み、帝人君いつからそこに」 「すみませんずっと居ました」 「少し待ってて、って言った気がするけど」 「あそこに居ろとは言われなかったので、つい」 帝人君は、屁理屈を言いながら爽やかな笑みを見せる。俺は笑いながらも唇が引き攣った。見られてた――バランスを崩して転びかけたのも、子供みたいに座りながらスキニーを脱ぐのも。あ、パンツも見られたってことか。しかも現在進行形で。 思考がぐるぐるしてまとまらないが、最後のことに気付いて一気に顔が熱くなった。慌てて新しく出したジーンズに手を伸ばし、何事も無かったかのように足を通す。その間も、帝人君は笑いを堪えきれずにクツクツと笑っていた。顔に集まった熱は、まだまだ引く様子が無い。 「さて帝人君。君が見たことは全て忘れてよ、ね」 「じゃあ、臨也さんのために覚えておきます」 「みーかど君?」 「じょうらんれふ(冗談です)」 俺は顔を赤く染めたまま、にへらと笑う帝人君の頬を引っ張った。ちょっと悔しかった。帝人君には、この折原臨也でもペースを狂わされる時がある。多分、彼にとっては意図的ではないのだろう――だからこそ把握出来なくて、結局ペースを持ってかれる。 思考を巡らせていたら、帝人君の頬を伸ばしたままの状態で指が止まっていた。帝人君はと言うと、大きな瞳で俺を見上げてへらへら笑いながら背伸びをしてきた。気付いたときはもう遅い。彼の柔らかい唇が、俺の唇へ。つい頬をつまんでいた指を離し、帝人君を受け入れる。こうして、俺は彼のことしか考えられなくなってしまった。 (背伸びをしてごらん) この身長差でも、キス出来る |