ずいぶん昔に「涙」を忘れた。どういうものだったのか。あたたかいのか、つめたいのか。痛い悲しい寂しいツライ助けて助けて助けて助けて気付い、て。誰にも届かなかった声はいつしか叫ぶことを忘れ、頬を濡らしていたそれも、きれいさっぱり消え去った。むしろ清々しい思いになるのはどうしてなのか。

涙を忘れた代わりに、「無表情」を覚えた。笑わなくても怒らなくても泣かなくても、無表情に隠された感情にはみんな気付かない。楽チンだ、でも寂しさが消えないのはどうしてなのか。多数が居る中の孤独と、本当に自分ひとりしか居ない孤独。耐えられるのは後者の方だけど。今の自分の周りには、望んでないのにたくさんたくさん人が居る。
明るくて楽しそうで笑っていて笑って笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔――。みんなの笑顔を見て、荒む自分を隠したくなって。みんながお喋りになる程、自分はどんどん無口になって。気が付いたら自分の声は単語を連ねるだけになってしまった。


「シグはどうして笑わないの?」

「どうして、って言われても」

「ああそうか!お菓子を食べたら元気になるかな?」


いらないと言う隙も与えずに、柔らかい微笑みがキャンディをくれた。あまりにも優しかった。自分には無い感情を、あの人は持っている。憎くて羨ましくて。あんな風に笑いたいと思っても、結局は自己嫌悪に陥るだけの話。自分はあんなに綺麗に笑えない。笑い方を、忘れてしまった。自分にはこんな汚い感情しか無いんだと思うと、なんだかとても悲しくなった。同じ人間なのに。同じ人間――のはずなのに。


「どうしたの?」

「…………………」

「もしかして、チョコレートがよかったかな?」

「…………………」


黙ったままの自分を見て、お菓子を取り出そうとしていたレムレスの手が止まる。優しくて綺麗な手がこちらに伸びてきて、ポンポンと頭上で跳ねた。自分の無表情は変わらない。レムレスの笑顔も変わらない。撫でられる前と何も変わらずに、じっとしたまま。何を言うでもなく、何をするでもなくただじっとしていた。レムレスの口が簡単な言葉を紡ぐ。単語をひとつ、単語を―――。


「泣きたいときは、泣いてもいいんだよ」


一番怖くて、一番欲しかった言葉。見破られる恐怖に、安堵感。自分の中では全てが矛盾している。欲しくて欲しくていらない欲しいいらない欲しい。たった一言で、「無表情の自分」が乱された。完璧で脆い仮面を剥いで、人間らしさが顔を出した。自分も人間だったんだ、と錯覚できるような。ずいぶん昔に忘れた「それ」は、あったかかったよ。とても、とても。















(人間になりたがる)

だってきみといっしょにいきていたいから



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