夢のあとさき
78

コレットは大いなる実りの間に連れていかれたとゼロスは言っていたが、そこまでの道のりにはリーガルが足止めされていた他にも罠が多く仕掛けられていた。しいなは暴走した大樹の根にからめとられた上に転落しそうになっていたし、リフィルは先のロックを解除することで崩壊する罠に取り残されていた。プレセアも樹の根に囚われて身動きが取れないままでいて、ジーニアスは警報装置の罠によって四方を魔術の壁で囲まれたままだった。
「ったく、ろくでもない!」
「レティ……!?」
ジーニアスのところまで来ると私はいよいよ頭にきてしまっていた。ゼロスとリフィルに魔術で援護を頼んで今にも迫りくる魔術の壁を一時的に破壊する。そしてジーニアスを腕に抱いてそのまま剣で壁を切り裂いた。
ジーニアスを抱きこんだまま前方に飛び込んで転がる。そして止まったところで顔を上げた。
「ま、間に合った……」
間一髪どうにかなったらしい。流石に今回はひやひやしたなと思いながら座り込んだ。
「レティ……どうしてここに?」
「あなたを助けるために決まってるでしょう」
私の横でへたり込むジーニアスにそう声をかけてやる。彼の顔は涙でぐちゃぐちゃだった。あのままだったら死んでしまうところだったのだ。
たとえ、死を覚悟していても恐ろしかったに違いない。でもその覚悟をしてもいいと、ジーニアスはきっと思っていたのだ。ロイドの目指す理想のためならば。
座り直して、ハンカチを取り出して顔を拭ってやる。ジーニアスはぱちくりと目を瞬かせた。
「頑張ったね。ありがと、ジーニアス。ロイドのために」
「……うん」
ジーニアスはくしゃりと顔をゆがめて笑った。でも今度は泣かなかったので本当に強い子だ。
そうしていると装置を止めたリフィルたちが駆け寄ってくる。私はハンカチを返してもらって、抱きしめ合う姉と弟を見ていた。
「ジーニアス!ああ、無事で良かった……!」
「姉さんこそ……ボク、もう……!」
そうだ、ジーニアスはあの罠にリフィルを残してここまで来たのだ。リフィルにもう会えない覚悟もしていたんだろう。二人はしばらくそうして抱き合っていたが、すぐに強い意思の瞳を私に向けてきた。
「こうしている場合ではなかったわね。先を急ぎましょう」
「……うん。ゼロス、大いなる実りの間というのはもう近くかな」
ここでジーニアスがゼロスがいるのに驚いた顔したが、説明する暇が惜しい。とりあえずリフィルの「ゼロスも助けてくれた」という言葉で納得してもらった。
「ああ、でもロイドがこの先に行ったのならもしかしてもう通れなくなってるかもしれねえな」
「一本通行にされた……ということか。別の道は――」
私は顔を上げた。隣のジーニアスも目を丸くしているのがわかる。私たちと向かい合っていたゼロスは不思議そうな顔で私を見て、そして振り向いた。
「案内ならできる。来い」
そう言ったのは――クラトスだった。私は拳を握りこんで、そしてゆっくりと開いた。
「分かった。行こう、みんな」
「……レティちゃん」
ゼロスが何か言いたげに私を見る。私は首を横に振った。今、私にできることは一つしかない。
「――私は、もう道を決めたんだ」
その道の案内人を、信じるしかないのだから。

クラトスが私を案内してくれたのは大いなる実りの間へ続く裏道だった。いや、もしかしたらこっちこそ正規のルートなのかもしれない。
「わり。先に行っててくれねえか」
そう言いだしたのはゼロスだった。クラトスが口を開く。
「アイオニトスをまだ手に入れていないのか」
「……ああ」
「アイオニトス……?」
「ロイドくんがエターナルソードを扱えるようにするために必要なモンだよ。デリス・カーラーンにしかないって言うからさ」
「だからあなたは、あそこでコレットを攫わせたのね。デリス・カーラーンに潜り込んでも違和感を持たれないように」
リフィルの言葉にゼロスが頷く。なるほど、そう言った理由の裏切りだったのか。リフィルは息をついたが、迷わずに顔を上げた。
「わかったわ。私たちは先に行きます」
「そのアイオニトス……絶対に手に入れてくるんだよ!」
しいながゼロスの腕を叩いて応援する。私は転送装置に乗って進むみんなを見送ってから、クラトスに顔を向けた。
「それはあなたが取ってくるのではいけなかったのか?」
「私はユグドラシルを裏切った身だ。今は大いなる実りの間への侵入者が現れたということで一時的に解放されているだけだ。この転送装置はクルシス幹部にしか使えぬゆえな」
「そ。このおっさんがうろうろしてたら怪しまれちまうってわけ」
「わかった。ではクラトスは転送装置を動かせるように待機してて。私はゼロスと一緒にアイオニトスを取りに行く」
「……ロイドくんのところに行かなくていいのかよ。それとも――」
ゼロスは言葉を続けようとして口を噤んだ。でも、言いたいことは十分に分かる。
やはり自分を信じられないのか。ゼロスの瞳にはそんな失望が浮かんでいた。それが私に向けたものなのか、それとも自身に向けたものなのかは分からない。
「あのね!同じことを何回も言わせないで。私は天使だからウィルガイアに紛れ込んでもおかしくないし、ゼロス一人に危険を冒してもらおうとも思わない。わかる?」
だけどその失望が見当違いのものであることだけは分かっていた。ゼロスは何かを振り払うように首を横に振ってから、私の瞳を真っ直ぐに見た。
「……わかったよ」
「よろしい。じゃ、行こう」
大いなる実りの間へ向かうのとは別の転送装置に飛び乗る。クラトスに見送られて、私たちは再びウィルガイアへと転送されていったのだった。


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