夢のあとさき
77

レアバードで辿り着いた救いの塔には誰の姿も見当たらなかった。障害物は羽根で飛び越えて祭壇へと急ぐ。
「みんな先に行ったか……」
「レティシア」
転送装置を調べていたユアンが呼んでくる。先ほどまでは動いていなかったようだが、どうやら動かしてくれたらしい。
「行けそうか。助かった」
「ああ……」
ユアンは歯切れ悪く応えて私の顔を見つめてくる。その表情を見て私はなんとも言えない気持ちになった。だが、すぐに眉間のしわをほどいてユアンを見上げる。
「後悔するのが遅かったな、ユアン。あなたのまことの愛はマーテルに誓われているんだろう」
「――そうだ」
「今度こそは、間違うべきじゃない」
ユアンの顔から視線を逸らす。転送装置に足を乗せて、そして視界からすべてが消え失せる。
後悔するのは私の方かもしれない。だが、これは間違った道ではない。そう信じているけれど……無性に泣きたくなった。

転送先は救いの塔の内部とはまた違う様子だった。これは……地下か?樹の根が張っているのでめんどくさくなって羽根で飛んでいくことにする。階段がなくても障害物があってもすいすいと進んでいけるので今回ばかりは天使化に感謝しておこう。
進んでいった先にも転送装置があったので急いで飛び乗る。ロイドたちの向かった先と違っていたら、と考えなくもなかったが、ためらっている暇はなかった。
はたして、ワープした先では戦いの音が聞こえてきた。目と耳を凝らしながら階段を飛び降りる。そこにはおびただしい数の天使と――それに対峙するリーガルがいた。
「リーガル!」
どう見ても劣勢な彼がただ一人でいる意味――分断されたのか、それとも。どちらにせよ加勢するほかに選択肢などない。私は剣を抜いて駆けだした。
「レティ……!くっ、私のことはいい!ロイドたちは先に行った、おまえも追いかけろ!」
「断る!」
互いに天使を切り捨てながら声を張り上げる。右から来る天使の首を刎ね、上から来る天使の魔術を避け、左から来る天使を蹴り飛ばして攻撃を避ける。気づけば私はリーガルと背中合わせになって戦っていた。
「きりがないな……」
「言っただろう。ここは私に任せてゆけ」
「いや……、天使術で広範囲攻撃を仕掛ける。詠唱の時間を稼いでくれないか」
リーガルはかなり消耗している様子だ。彼に任せたりなどしたらどうなるか目に見えている。ここで一発決めるしか二人で助かる目はないだろう。
「分かった」
躊躇いを見せながらもリーガルは頷いてくれた。彼は治癒手段を持っているのでまだ持つだろうと計算しながら剣を持つ手を胸元にやって、刃は真っ直ぐ上に向けた。目を閉じる。詠唱はすぐに浮かんできた。
「――我が名の元、地を這う穢れし魂に裁きの光を雨と降らせん」
地を踏む足に力を込める。すぐ近くを攻撃がかすめていた。リーガルの戦う吐息と、打撲音が聞こえてくる。そしてしばらくしてから焦った声が。
「レティ!避けろ!」
避けろと言われても今の状況では簡単に避けられない。だから詠唱を続けるしかなかった。
「っ、安息に眠れ、罪深きものよ――」
金属音が耳に聞こえる。私ははっと顔を上げた。赤い長髪が風に舞って、そして剣をもったその人が――。
「ぶちかませ、レティ!」
「――ジャッジメント!」
裁きの雷が降り注ぐ。助けてくれたゼロスの腕を私は急いで引いた。
「ゼロス!リーガル!離脱する!」
「うぉっ」
なぜか驚いた顔で固まっているリーガルも片腕で引っ張って私は飛翔した。出口と思しき場所は塞がれていたが、もう一か所上部に脱出口らしきものがある。そこに力づくで男二人を押しこんで自分も滑り込む。後ろに迫ってくる天使はゼロスが魔術で弾き飛ばしてくれていた。
「っは〜、間に合った!つーか急に飛ぶなよレティちゃん!びっくりしただろ!」
「はは、助けてくれてありがとゼロス」
穴を塞いで三人で息をつく。へたりこんだゼロスと、まだ呆然としているリーガルを交互に見た。
「じゃ、さっさと進もうか」
「レティ……しかし、ゼロスは……」
困惑気味にリーガルがゼロスを見る。ゼロスは身じろいで、きまりが悪そうに頬を掻いた。
「裏切ったのではなかったのか……」
「あ〜、それは……」
裏切った?物騒な言葉が出てきて首を傾げる。リーガルは私を見て説明してくれた。
「救いの塔の祭壇でゼロスがコレットを罠に嵌め、プロネーマと共に攫ったのだ」
「はあっ!?コレットが攫われた!?無駄口叩いてる場合か!」
「そうだ、ゼロスが裏切って……レティ!」
居てもたってもいられなくて二人を置いて進み始めた私に後ろから呼び止める声がかかる。私はイライラしながら振り向いた。
「だからさっさと行くぞ二人とも!」
「いや……俺さま裏切ったって話なんだけど……」
「戻ってきてるくせに何が裏切っただこのバカ!だいたいゼロスがクルシスとレネゲードに通じてたことなんか前から知ってる!」
二人は驚いた顔でこっちを見ていた。仕方がないので私は戻ってへたり込んだままのゼロスに手を差し出す。
「行くって言ってるだろう。いつまで座ってる気?」
「……知ってて、なんで黙ってたんだよ」
「確信がなかったから」
「それだけか?」
「あとゼロスは馬鹿じゃないから、私たちの味方をしてくれるって思ってた」
ゼロスの意味深げな行動に疑問を抱くことは多々あった。それでも彼を糾弾しようと思わなかったのは、彼が私たちになんだかんだと協力してくれたからだし、ロイドの理想に共鳴しつつあるように見えたからでもあった。最後に道を選ぶのはゼロス自身で、ゼロスを信じるロイドのためにもその邪魔だけはしたくなかった。
「……今バカって言ったくせに」
ゼロスは目を伏せて、唇を尖らせる。ただ拗ねている幼い子どものように見えて私は笑いそうになった。
「今のゼロスはバカだから。ほらさっさと立つ!何のために戻ってきたんだ?ユグドラシルをぶっ飛ばして、コレットを助けて、世界を統合するためだろう」
いつまでたってもゼロスが手を掴んでくれないのでしびれを切らした私は彼の腕をぐいと掴んで強引に立ち上がらせる。そうすると背の高いゼロスを見上げることになる。
「ほーんと、レティちゃんって直情的よね」
ゼロスはやれやれとかぶりを振って肩を竦めた。それにリーガルが同意するように目を眇めるのがちょっと気に食わないけど、まあいいか。
「そうだな。ゼロス、おまえが私たちを助けてくれたのもまた事実。また共に戦ってくれるか」
「……それはこっちの台詞なんだけどな〜。どいつもこいつも人が好いったらありゃしない」
「ゼロス。言い訳は後で聞いてあげるから」
「へいへい。よろしくハニー」
リーガルも認めてくれたので私たちは今度こそ立ち上がって、先へと進み始めた。


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