夢のあとさき
71

私たちは途中クラトスからの通信に助けられる形で無事マナのかけらを手に入れ、ついでに情報端末でデリス・カーラーンや大地延命計画、エターナルソードについての情報を手に入れていた。気になることは調べ尽くしたとウィルガイアの緊急用出口へ向かっていたところで真後ろまで兵士が迫っていることに気がつく。
「クラトスさまの使いを騙ったのはおまえたちか!」
「……!神子だ!マナの神子が脱獄しているぞ!」
「くそ、とにかく逃げるしかない!行くぞ!」
ロイドに急かされてみんなで転送装置に駆けこむ。幸い追いかけてきた天使は退けることができ、そのまま地上に戻るためにエレベーターを使ったりしながら塔を降りていく。
「もうだいぶ降りて来たんじゃないか?」
ひときわ大きなエレベーターから出た後にロイドがそう呟く。ウィルガイアでは異質さにどこか怯えた様子だったプレセアも頷いた。
「そうですね、あの嫌な感じはもうしません」
「問題は、クルシスがこのまま、私たちを返してくれるかどうかね。むしろ、今まで彼らの邪魔が入らなかったことこそ不気味だわ」
リフィルが慎重に意見を述べる。確かにこれまで戦ったのは警備と思しき魔導装置だけだった。何かの考えがあって放置されてきたとも考えられる。
「そうだな。もしかしたら救いの塔の入り口で待ち伏せされているかもしれない。地上に戻るにはあそこを通らなければならないんだから」
私の意見にロイドは神妙な顔で頷いた。

救いの塔にやっと戻ってこられたことで大きく息を吐く。ずっと敵地にいたのだから緊張して仕方がなかった。クラトスと戦った広間まで戻ったところで、ロイドが刺さっていた剣に視線を遣る。
「この剣は、確かユグドラシルが俺に斬りつけてきた剣……」
「……まさかこれが魔剣エターナルソード?」
リフィルがじっと剣を見つめた。確かにただの剣のようには思えない。
「おいおいおい。そんな大事な剣ならこんなところにほったらかしにしてねーだろ」
「これを持って帰ってヘイムダールの族長に見せたらどうだろう」
ゼロスの意見はもっともだが、ロイドは食い下がった。やはり何か感じるものがあるのだろう。
そうしてロイドが剣に手を伸ばしたが、何かに弾かれたように触ることは叶わなかった。ずっこけたロイドが腰を上げる。
「いてててて……どうなってるんだ」
「無駄なことはやめるんだな」
そして降ってきたのは冷たい声だった。みんな一斉に顔を上げる。そこにいたのは金髪の男――ユグドラシルだった。
まさか、ユグドラシル本人が待ち構えていたとは。冷たい汗が背筋をつたう。
「ユグドラシル!」
「資格なきものはエターナルソードに触れることすらかなわない」
資格……?ジーニアスがすかさず「きっとオリジンとの契約だよ!」と言うが、それをユグドラシルは一笑に付した。
「ふはははは!おまえたちは本当に愚かだな。……まあいい。オリジンはクラトスが封じている。どのみちおまえにその剣は装備できない。エターナルソードの力がなければ二つの世界を元通りに統合することもできない。おまえたちの旅は無駄なのだよ」
クラトスがオリジンを封じている?精霊との契約は誓いを破るか契約者が死ぬかすると破棄されるらしいが、エルフの語り部の話からするにオリジンとの間に交わした誓いをユグドラシルは恐らく破っている。つまりオリジンとの契約はとうに破棄されていなければならないということだ。それでもなお、エターナルソードが存在しユグドラシルが自由に扱えるののだから……精霊を封じて力の行使を続けている、ということか。
耳の奥でひどい音が聞こえた。それが恐ろしく早く大きくなっている鼓動であることに遅れて気づく。
「無駄……だと!無駄なことをしてるのはおまえだろ!死んだ人を生き返らせるなんて!だいいちそのことと世界を二つに分けることにどんな関係があるんだ!」
「……世界が二つに分かれているからこそ世界は存続している」
脳裏によみがえったのはウィルガイアの情報端末で得た「大地延命計画」についてだ。私は拳を握る。
「ちがう。二つに分かれているからマナが欠乏して数えきれないひとびとが犠牲になってるんだ」
しかしロイドは迷うことなくそう答えた。ユグドラシルは鼻を鳴らす。そして唐突にジーニアスに話を振った。
「考えてみろ。何故マナは欠乏しているのだ?どうだ?そこの我が同族よ」
「ボク……?えっと魔科学の発展でマナが大量に消費されたから……?」
「そう……。そして魔科学は巨大な戦争を産み落とした。戦争はマナをいたずらに消費する」
「話をすり替えるな。おまえが大いなる実りを発芽させないからマナ不足も解消されないんだ」
「すりかえてはいない。大樹が蘇ったとしても戦いが起これれば、樹は枯れる。戦争は対立する二つの勢力があるからおこるのだ。だから私は世界を二つに分けた。あのおろかなカーラーン大戦を引き起こした二つの陣営をシルヴァラントとテセアラに閉じ込めるために」
「そしてマナを搾取しあい繁栄と衰退を繰り返すことで魔科学の発展もおさえられている。……というわけね」
「もっとも今は少々テセアラに傾きすぎだが」
リフィルの言葉をユグドラシルは肯定する。戦争を起こさせないためだけに作られた世界の仕組みだというのか?いや、しかし神子については話が違うはずだ。
「うそだ。おまえはマーテルを助けるために大いなる実りを犠牲にしてるんだ」
ロイドが言う。ユグドラシルは目を細めた。
「そうだ。おまえがコレットを救うために衰退するシルヴァラントを放置しているようにな」
「……それは……」
ここでロイドは初めて答えに窮した。私は唇を噛む。それは違う――その言葉はジーニアスが先に口に出していた。
「ちがう!ロイドはお前なんかとちがう!」
「何……」
虚を突かれたようにユグドラシルはジーニアスを見下ろしていた。その瞳はどこか悲しげだ。なぜだ?なぜ、ユグドラシルはあんな目でジーニアスを見るのだろう。
「ロイドはコレットも世界を救える道を探している。おまえはそれをあきらめたいくじなしだ!」
「同じことだ。私は何物も差別されない世界を作ろうとしている。それが世界を救う道だ」
ユグドラシルは平静さを取り戻して語った。エクスフィアを使い、体に流れる人やエルフの血をなくし、地上のものを全員無機生命化する。そうすれば差別はなくなると。それがユグドラシルの望む千年王国だと。
「みんなが……同じ……」
「そうだ。ディザイアンもクルシスもそのために組織されている。差別を生む種族の争いは消えるのだ、ジーニアス」
「馬鹿馬鹿しい」
私は反射的に吐き捨てていた。ああ、なんという馬鹿馬鹿しさなのだろう。それで差別がなくなる?そんなのは詭弁だ。
「みながあのウィルガイアの天使のようになるだと?あんな感情のない、ただの機械のような生物に成り果てるだと?生まれるのは何だ。ただの停滞にすぎない!ただ昨日と同じ今日が、今日と同じ明日が繰り返されることに何の意味がある!」
「では、昨日と違う今日には何の意味があると言うのだ」
「きさまのふざけた計画をぶっ潰せる。それは私たちがきさまの作った停滞したシステムに疑問を抱いたからだ。だからここまで来たのだ、ミトス・ユグドラシル」
これはもはや、あの勇者ミトスではないのだろう。だが私は憎しみを込めてその名を呼んだ。
「分からぬ小娘だな。おまえたちのやり方で差別がなくせると甘いことを言うつもりか?」
「――だけど、おまえの計画のせいでエクスフィアを作らされて誰かが死ぬことはなくなる。ジーニアス!おまえはマーブルさんみたいに犠牲になる人がいてもいいって言うのか?そんなの……おかしいじゃねーか!」
ロイドが悲痛に叫ぶ。それにジーニアスははっとした顔をした。
「……改革に犠牲はつきものだ。それが分からないならここで朽ち果てるがいい。ただし、神子は渡してもらう」
ユグドラシルはこれ以上語る気はないらしい。私とロイドは咄嗟にコレットをかばうように動いていた。
「……ダメだ!それだけはさせない!」
「ならば力づくで奪うまで」
見上げていたユグドラシルがゆらりと動く。敵うのか――じっとりと汗ばんだ手でグローブ越しに剣を握る。私は真っ直ぐにユグドラシルを見据えた。


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