夢のあとさき
70

クルシスの輝石を入手した私たちは無事に救いの塔に入ることができた。テセアラの救いの塔の内部は――まるきりシルヴァラントのそれと同じで目眩がする。おびただしい数の柩がたゆたう空間。それにシルヴァラントの救いの塔を知っている仲間たちが私と同じように瞠目していた。
「ここは本当にテセアラだよな」
「そう……そうだよ!シルヴァラントの救いの塔と全く同じじゃないか!」
「体が……ふるえる。ここ、同じだよ!」
しいな、ジーニアス、コレットも言う。ロイドだけは「ばかな!」と声を上げたが、リフィルが指さした場所を見つめると目を見開いた。
「ロイド。これに見覚えはなくて」
「……これは!俺が付けた傷だ!」
ユグドラシルに吹っ飛ばされたときに柱が折れた箇所だ。
間違いない。ここはシルヴァラントの救いの塔と同じ場所だ。私はふとマナの守護塔から脱出した後にユアンが言っていたことを思い出した。
――シルヴァラントが消滅すれば、聖地カーラーンと異界の扉の二極で隣接するテセアラもまた消滅する。
「ここで二つの世界は繋がっているのだ。同じで当然だろう」
降ってきた声は私に答えを与えた。見上げたロイドが困惑気味にクラトスに問いを投げかける。もう突っかかりはしない、か。
「クラトス……またあんたか……。あんたはいったい何者なんだ?本当に四千年前の勇者ミトスの……仲間なのか?」
「……わかっているなら話は早い。神子にはデリス・カーラーンへ来てもらわねばならん」
結局、クラトスはコレットをマーテルの器とするユグドラシルの意思に従っているらしい。
――本当に?私の胸のうちで疑念が囁く。もしかしたら、クラトスは――。
都合のよすぎるそれはただの妄想だ。私は首を振ってその思考を振り切る。
「……あんたはやっぱり俺たちの敵なんだな!もしかしたら……って思ってたのに」
「今さら何を言うのだ」
そう、今更だ。ロイドは剣を抜いた。私もただ心を殺して剣を抜く。
マナの守護塔で対峙したときのように。剣を振るうのに心は不要なのだ。
「今度は手を抜くなよ!」
それが戦闘の合図だった。ロイドが駆けだしたその足元にクラトスはすかさず「グレイブ!」と叫ぶ。
「くっ、」
「ロイド!肩借りる!」
立ち止まったロイドに私は助走をつけて飛び乗った。「うわっ!」とロイドがぐらついたのが分かるが、構わずに飛び上がる。
「飛天翔駆!」
いつもより高い位置から勢いよく剣を突き立てる。自分の出した岩が視界の邪魔になったのだろう。クラトスは一瞬目を瞠ってからすぐに剣で私の攻撃を受け止めた。
「後ろががら空きだぜ!」
しかしクラトスの背後からもう一人、ゼロスが剣を振るう。クラトスはまるでそれが分かっていたように――狙って魔術を落とした。
「ライトニング!」
「うへぇ!」
まるで後ろにも目がついているようだ。私は内心首を傾げつつ、一歩ステップバックしてから再び踏み出す。キィン!と金属の交わる音がした。
ガードしているところに連続で打ち込んでも手ごたえはない。ふっ、とクラトスが息を吐いたのが分かって私は本能的に後ろに下がっていた。その選択は正しかったとすぐに分かる。
「雷神剣!」
たった今立っていたところに剣が突きだされていたのだ。同時に電撃も襲ってくる。掠ったそれに私は息を吐いて痛覚を完全にシャットアウトした。
クラトスの厄介なところは剣技と魔術を両方自由に使えるところだ。隙を与えれば簡単な治癒もこなしてしまう。それが味方のときはどんなに心強かったか――歯を食いしばって私はクラトスを睨んだ。
私たちの方が人数が多いと言っても、それだけ連携を取るのが困難だ。一人で上手く立ち回るクラトスに決定打を与えられないままでいると、ふとおびただしい数の気配が向かって来ているのを感じる。
「天使――!」
そう表現するしかない、羽根の生えた者たちが私たちを取り囲んでいた。完全に包囲された私たちを見てクラトスは静かに言う。
「抵抗は止めることだ。抵抗すれば容赦はしない」
ぐ、と喉の奥で息が詰まる。私はだらんと腕を下げて、ただクラトスを睨むのだけは止めなかった。

私たちが連行されたのはウィルガイアという天使の街だった。恐らくデリス・カーラーンの一部なのだろう。私たちは男女別に牢に閉じ込められてしまう。
兵士の天使たちが去ったのを見て私はすかさず牢の鍵を調べ始めた。
「どう?レティ」
「うーん……これは……」
錠前ではなく未知の技術が使われていそうだ。私は手を上げて降参した。
「鍵をこじ開けるのは無理そうだね」
「……退いていて、ください」
プレセアが斧を持って立ち上がる。そして勢いよく打ち付けたが、鉄格子は揺れるだけでひしゃげたりもしなかった。
「えっと……じゃあ、グランドクロス!」
コレットも天使術を繰り出すがやはり鉄格子は外れない。この金属は一体何で出来ているのだろう?私が諦めきれずにがたがたと鉄格子のゆがみや欠陥がないかを確認していると少し遠くから声が聞こえてきた。どうやらロイドたちのようだ。
「くっそー、頑丈にできてる!鍵も……開けられないな」
「こっちもだ。びくともしないよ」
ロイドの声にしいなが返した。すぐに声が返ってくる。
「姉さんかコレットかプレセアはここを壊せないか?」
「試したけど難しそうだ」
「うん、ダメだったの……」
「……すみません。お役に……立てなくて」
しょぼんとコレットとプレセアが俯く。すると向こうで何かを強引に壊す音がした。えっ、と驚いて顔を上げるとしばらくしてから男性陣が姿を現す。そしてこちらの牢からも脱出することができた。リーガルが壊してくれたのだが、彼が手での戦闘を元々得意としていたとは。そういえば足技は囚人となっていたときに学んだとか言ってた気がする。
「よし、みんないただくものはいただいてとっととずらかろうぜ」
「賛成。こんなところ、長居するものじゃない」
私もロイドの言葉に頷く。そう思ってしまうくらいこの街は、異質で居心地が悪かった。


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