夢のあとさき
69

マナリーフを手に入れ、残るはマナのかけらのみになった。渓谷の入り口で一休みしながらどうやって乗り込むかを考える。
「本当にデリス・カーラーンにあるのかな……」
「オリジンの魔剣のことも気になるわ。それが世界を救う手掛かりになるかもしれなくてよ」
確かに、それもそうだ。デリス・カーラーンに行くならば、情報を手に入れることも考えた方が良いのかもしれない。
「しかし……危険だな」
「虎穴に入らずんば虎子を得ずじゃねーの?」
リーガルが腕を組んで、ゼロスも腰に手を当てる。ロイドはしばらく考え込んでから、「あっ!」と声を上げた。
「えーっと、あれだろ、情報を得るためには危険を冒す必要があるってやつ!」
「……だいたいあってる。どうしたのロイド!」
「ふっふっふ。これくらい楽勝だぜ」
考え込んでいたのはことわざの意味を思い出していたらしい。それにしても珍しい、ロイドが覚えているなんて。私もジーニアスと同じく一種の感動を覚えていた。
閑話休題。
「よし、ゼロスの言う通りだ!行ってみようぜ!クルシスの本拠地デリス・カーラーンに」
ロイドが元気よく言う。行き方となると……教典には救いの塔が入り口になっていると書いてあったっけ。
救いの塔に入るにはテセアラの神子のクルシスの輝石――つまりゼロスが持って生まれたというクルシスの輝石が必要になる。今は修道院にいる妹に預けているということで、私たちはそこを目指すこととなった。

ゼロスの妹というのがどんな人なのか。それはロイドも興味があったようで、ゼロスに直接訪ねていた。
「ゼロスの妹ってどんな人なんだ?」
「セレスは妹っていっても腹違いでな。俺さまと違って生真面目なお嬢様よ。おまけに文武両道に優れるときたもんだ」
腹違い……か。ゼロスはマナの血族なのでその両親もクルシスによって婚姻を管理されていたと思ってたのだが、違うのだろうか?思えばメルトキオの屋敷でもゼロスの両親の姿を見た事はない。複雑な事情がありそうで私は口を噤んだ。ロイドはゼロスにじっとりとした視線を投げかける。
「あやしい」
「そう?ゼロスだって文武両道だし、顔もいいし、おかしくないと思うけど」
「え……」
なぜかロイドにぎょっとした顔で見られてしまった。なにか妙なことを言っただろうか?
「レティちゃ〜ん!レティちゃんは俺さまの味方なんだな!ラヴ!」
「いや、事実を言っただけなんだけど。だってゼロスは王立研究院の学問所の首席だったんだろう?妹さんもゼロスに似ていれば同じ感じじゃないの?」
「あ〜、そういやゼロスって頭いいんだっけ。いまだに信じらんないけど」
「似てね〜ってハナシをしてたんだけどなぁ」
ゼロスが呆れたように頭を掻いた。そうだったっけ。そこにリーガルが割って入る。
「セレス嬢のことは、私も聞いたことがある。修道院に入っていなければ、社交界の花形としてもてはやされていただろうに」
「ふーん。じゃあその娘のほうが、おまえより神子にふさわしかったんじゃないのか?」
からかい半分に言うロイドに私は思わず頭を叩いてしまった。声を上げてロイドが振り向く。
「姉さん!何すんだよ」
「ロイド。ゼロスがクルシスの輝石を持って生まれて、そしたらどうしようもないことを言わないの」
そう、その時点でゼロスは神子なのだ。――なってしまったのだ。後から妹が生まれようが、それは変えられないことだった。
「そうそう、そう上手くいかないのが世の中ってもんよ」
ゼロスも肩を竦める。うまくいかない、か。そしてぼそりと呟いた声が聞こえてきた。
「……代われるもんなら、とっくに代わってるっつーの」
それは、妹にクルシスの輝石を預けていることと関係があるのだろうか。

修道院は高台にぽつんと建っていて、随分と寂しい場所なのだなと思った。騎士が立っている部屋がゼロスの妹、セレスの部屋らしい。ノックしたゼロスが声もかけずに入る。
「……おにい……」
その姿を認めた少女が高い声を上げる。おそらく「おにいさま」と言おうとした声はしかし途中で途切れて、ワントーン沈んでゼロスに投げかけられた。
「神子さま。またふらふらしていらっしゃいますのね」
そう言ったセレスはゼロスと同じ、赤い髪を持った美少女だった。キッと睨んでくる瞳もゼロスと同じく青い。
「よーう。おまえに預けといたクルシスの輝石が必要になったんだ。返してくれ」
睨み付けられているのをものともせず、へらへらと言うゼロスにセレスは声を荒げた。
「……ご勝手に!どうせそれは元々神子さまのものですわ」
殺風景な部屋の机の上にぽつんと置いてあるのがクルシスの輝石だろう。ゼロスはそれを手に取って手のひらの上で転がした。
「悪いな」
「用事がお済みならお帰り下さいませ。さあ、早く!」
「へーいへーい。あーいかわらず嫌われまくってるなぁ。俺さまかわいそー」
ちっともそう思っていなさそうにゼロスが言う。確かに、見方によってはただの兄妹のじゃれ合いにも見えた。それにしてはセレスはどこか切羽詰まった顔をしている。
「あ……お兄さ……」
「ん?何かな、かわいい妹よ」
「……なんでもありませんわっ!」
「あっそ」
最後に呼び止められた声にゼロスは振り向いたものの、すたすたと部屋から出ていってしまった。もう少し話をすればいいのに、なんでもないというふうではなかっただろう。敏いゼロスが気づかないわけがないと思うんだけど。
「お気をつけて……」
出ていってしまったゼロスにセレスが小さく声をかける。ロイドが肩を竦めた。
「……聞こえなかったぞ、今の」
「べ……別に何も言ってませんわ!ですからお兄さまに聞こえなくてもいいんですの!」
「あ、お兄さまって言った」
ジーニアスにもからかわれてセレスはさらに拗ね出した。分かりやすい女の子だ。
「い、言ってませんわ!あんな人、兄なんかではありませんっ!お帰りになって!」
急かすセレスにロイドとジーニアスは顔を見合わせて部屋から出ていく。最後に残った私もそれに続こうとしたが、振り向いてセレスに一言かけることにした。
「素直になりなよ。手遅れになる前に」
「……あなたに何がおわかりになるの?」
「あなたがゼロスのことをちゃんとお兄さんだと思ってることだ」
それだけは確かなはずなのだ。そして言葉を続けた。
「私たちの旅は命がけだ。もちろん、ゼロスもだ。後悔したくないならちゃんと伝えた方がいいだろう」
私はセレスの返事を聞かずにドアを閉めた。その向こうから、「お兄さま……」と噛みしめるようなか細い少女の声が聞こえてきた。


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