夢のあとさき
68

ラーセオン渓谷もまた、やっかいな場所ではあったが私たちはどうにか切り立つ崖の一番上まで辿り着くことができた。
「よくもまあ、こんなところに住めるよな〜」
ゼロスが肩を竦める。それには私も同意だ。ずいぶんと奥まった場所に住んでいるのは何らかの理由があるのだろうか。
語り部は訪れた私たちが族長の杖を持っていることを認めると、薬草のある洞窟の場所を教えてくれた。マナリーフ自体はすぐわかるところに生えていたが、採取しようと近づくと突然地響きが沸き起こる。
「な、なんだ!?」
「なにか……います!」
プレセアが斧を持つ手に力を込める。そしてリーガルがその正体を認めて声を上げた。
「巨大植物……!」
「番人ってことかよ!」
つまりこれを倒さねばマナリーフは手に入らない。ここで引くという選択肢はなく、私たちは各々の武器を構えた。
族長や語り部はこれを承知で私たちを送り出したのだろう。ならば乗り越えるほかないのだ。

無事巨大植物を退けマナリーフを手に入れた私たちは語り部のもとへ戻っていた。語り部はロイドが持つマナリーフを認めてゆっくりと頷く。
「無事に戻ってきたな」
「やっぱ知ってたんだな。マナリーフを守る巨大植物のこと」
「うむ。もっともそれを教えていたところで、おまえたちの行動は変わらなかっただろう。非常に強い意思を感じた」
「あたりまえだ。だいじな仲間のためだからな」
「……ロイド」
ロイドが私たちの心を代表して答えてくれる。そう、そのためにイセリアを発ってここまで来た。コレットという少女を失わないために。
「ところで……あなたはずっとここに住んでいるんですか?」
ゼロスが気になっていたことをリフィルも疑問に思ったのだろう。そう尋ねると語り部は頷いた。
「そうだ。私はエルフの里の伝承を次代に受け継がせる者。ここでマナリーフの織物を作り、そこに様々な物語を編みこんでいるのだ」
へえ、マナリーフはそんなふうにも使えるんだ。それにしても伝承か。一体エルフの里にはどんな伝承があるのか気になる。
「どんな……物語ですか」
「空から飛来したエルフの伝承や、人の誕生、バラグラフ王朝の繁栄と衰退、天使の出現、大樹カーラーンとカーラーン大戦……そして勇者ミトスの物語」
「おいおいおい。勇者ミトスの話ってのはヘイムダールじゃ厳禁なんだろ」
ゼロスが呆れたように指摘するが、語り部は静かに返した。
「ここはヘイムダールではない。私はヘイムダールの掟に縛られないように、ここに住み、伝承を残している」
そうか。語り部がここに住んでいるのはマナリーフが必要だからというだけではないのか。人は何かのコミュニティに属すると、そこにある規律に縛られざるを得ない。ありとあらゆる歴史を紡ぐという役割を持ったこの語り部はそれを良しとしなかったのだろう。
敗者の歴史は勝者に消しさられるのが常だ。基本的に歴史というのは勝者が紡ぐもので、そこには歪みが生じる。自分たちに都合のいいように書き換え、征服した相手に正当性を示すのだ。語り部の役割は伝承の継承、すなわちゆがめられていない真の歴史の継承でもあるのだろう。
「勇者ミトスって何者なんだ?俺たちの旅にはいつもミトスの名前がついて回るな」
ロイドが疑問を呈する。それにコレットが続けた。
「精霊の契約にもミトスの名前が出てきたね」
「コレットの病気の治療にもミトスの伝承が関わってた」
しいなも言う。語り部は変わらず静かにその疑問に答えた。
「ミトスは……ヘイムダールに生まれ、カーラーン大戦が始まると村を追放されたあわれな異端者。村に帰るために三人の仲間と共に、カーラーン大戦を終結させた」
「……異端者ってことは、まさかハーフエルフ……?」
「ミトスがハーフエルフだと?そんなバカな!」
リフィルとゼロスが声を上げる。だが、私は納得していた。ミトスも、ミトスの仲間もハーフエルフだったらしい。一人の仲間を除いて。異端視されながらもそれを乗り越え、戦いを終結させ、そして――。
「オリジンに愛されし、勇者ミトス。それは堕ちた勇者の名前だ」
「堕ちた勇者、か。それはミトスが……世界を二つに引き裂いたからか」
みんなが驚いた顔で私を振り向く。ただ、語り部だけは違った。彼は物語を続ける。
「その通り。オリジンを裏切り、オリジンから与えられた魔剣の力を利用して世界を二つに引き裂いたのは他ならぬミトスとその仲間たち。ミトス・ユグドラシルとその姉マーテル、そして彼らの仲間ユアンとクラトス。四人の天使が世界を変質させた故に、ヘイムダールでは禁忌なのだ」
その言葉でさまざまなピースが嵌っていくのを感じた。
ミトスとマーテルの関係。クラトスとユアンの立場。靄が晴れていくようだったが、それでも気持ちは釈然としない。ミトスはマーテルを復活させるためにマーテルの器を作り出すシステムを構築した。故郷に帰るためにカーラーン大戦を終結させた、勇者ミトスが?ディザイアンに人を虐げさせエクスフィアを作り出させたのもユグドラシル――ミトスだろう。
人間が憎いのならわかる。だがテセアラでもシルヴァラントでもまだハーフエルフは異端の者として忌避されているのだ。差別をなくしたかったわけではないのだろうか?ユグドラシルのしていることの動機がいまだに分からないのが気持ちが悪かった。
「クルシスのユグドラシルが……勇者ミトス?その仲間がマーテルにユアンにクラトス?そんなバカな!」
ロイドが吐き捨てるが、語り部は淡々と事実を事実として語るのみだった。天使は体を無機化することで年を取らず、エルフより長命で、四千年前から生き続けていてもおかしくないのだと。
「もう何が何だか……俺にはわけがわからない」
「そうか?……はっきりしたことがあるじゃねぇか。世界を二つに分けたのはオリジンの力が影響してるってな。魔剣……それがキーワードだ」
「その通りだわ。私たちは本質を見失わないようにしなければ。私たちの最終的な目的は二つの世界を救うことだったはずよ」
混乱するロイドにゼロスとリフィルががそう言った。そうだ、あまり余計なことを考えるのはよくないかもしれないな。特にロイドは。


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