夢のあとさき
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国王の娘、ヒルダ姫を通じてヘイムダールへ立ち入る許可証を貰ったのち、私たちはメルトキオを発ってまずはアルタミラに向かっていた。アルタミラはリゾート地というだけあって海がきれいで様々なアトラクションのある遊園地まで併設されているらしいが、今は寄っている時間がない。少し残念に思いながらレザレノ・カンパニーの本社へ向かう。
そこで無事にジルコンの出荷記録を見つけることができたが、そこに現れたのはくちなわだった。しいなに恨みを抱いて教皇についたというミズホの里の民だったか。
「……やっぱりあたしのことをうらんでいるのかい?」
「あたりまえだ!おまえのために俺の両親も里の仲間も死んだ!頭領は眠りについたまま十年以上、目を覚まさない!」
「ご……めん」
くちなわの糾弾にしいなは視線を床に落とす。弱弱しい声で謝罪する姿は見ていられなかった。
しいながかつてしたことは知っていたが、こんなふうに言われると腹が立ってくる。同時に、この男の言っていることは間違っていはいないとも。
しいなは召喚士という特殊な技能を持って生まれたばかりにその運命に翻弄されている。ヴォルトとの契約は確か彼女が望んでしたことではなかったと思うが、きっかけになったのはしいなの召喚能力だ。当時の責任者と思しき頭領が目を覚まさないことからしいなにすべての責任を押し付けることしかできないのだろう。
それでも――しいながいなくては世界の真の再生は成らない。その能力は私たちに必要なものだし、しいなという人間だって必要だ。ハイマでピエトロを見捨てず、ルインで共に戦い、迷いながらもテセアラの実在を告げてくれた彼女は私たちのかけがえのない仲間なのだから。
結局、しいなも腹を括ったのかくちなわとの一騎打ちを行うことになった。場所は評決の島というところで、決闘の約束の証としてくちなわはコリンの鈴を持って去ってしまった。ジルコンの出荷記録を取り戻すためにしいなが差し出したのだ。
「しいな……。大事なものだったのに……ごめんね」
コリンの鈴を持ち去られたことにコレットが眉を下げる。それにしいなは微笑んだ。先ほどの弱弱しさから一転、振り切ったような頼もしい表情だった。
「いいんだよ。あたしがあいつに……勝てばいいんだ。もう……逃げないよ」
ヴォルトとの契約を済ませてなおしいなは自分の犯した事故に苦しんでいたようだ。それも、くちなわとの一騎打ちで決着をつけようと思っているのだろう。
しいなの召喚士としての力は強大だ。里の人たちを傷つけ死なせてしまったように、大いなる実りの暴走を招いたように――違えればたくさんの人が犠牲になる。それを操るにはしいな自身の心の強さと、犯した罪を省みる精神が必要だろう。やってしまったことは変えられない。間違いは正せても、消えた命は帰らない。それをしいなは知っていて、それでも召喚士として私たちに協力してくれている。
出荷記録からジルコンはサイバックにあることが分かり、私たちはまずそちらに行くことになった。私はしいなの背中に声をかける。
「しいな」
「うん?」
「決闘……頑張ってね。しいなのこと、信じてる」
ヴォルトとの契約時のような心配はなかった。しいなのことを信じきれているのが自分でも嬉しい。それが伝わったのか、しいなも目を細めて笑った。
「ルインで……あんたがあたしを逃がしただろう?」
「……そんなこともあったっけ」
「ああ。あんたが連れていかれて、あたしのせいだと思った。あたしがあんたにマナの守護塔の鍵を頼まなければ、あそこに行かなくてすんだのにって」
「そんなことはないよ。私は自分の意志でルインに行って、戦ったんだから」
「それはわかってる。それでも……そう思っちまってたんだ」
しいなは知らない間に内に溜め込んでいたようだ。私は相槌を打った。
「そっか」
「だからサ、あんたにそう言ってもらえてなんだか嬉しいよ」
「はは、よかった。私も嬉しい」
しいな自身が自分の行動の被害者だと思ってしまった私に、信じられているということがきっと救いにもなるのだろう。
それならば何回伝えたっていい。私にとって、しいなは大切な友人なのだから。

サイバックではやたらと怯える研究員から無事にジルコンを入手することができた。どうやら王城でのひと悶着がかなり歪曲して伝わっているらしい。
「身の丈三メートルという死の天使が降臨し、神子さまに逆らう者を頭から喰い殺したと聞きました!」
それを本気で信じている様子の研究員に私たちは全員呆れてしまった。いや、全員ではないか。当のコレットは「そんな怖い天使さまもいるんだね」と呑気に言っている。
……うん。流石コレットだ。
とにかく、ジルコンを手に入れられたのは喜ばしいことだ。この調子でゼロスの神子伝説が流布されて逆らう者がいなくなれば助かるのだが……、事実ではないからやっぱり伝わってないほうがいいかな。あとエルフの里まではさすがに届いていないだろうし。
「なんというかまあ、ゼロスも大変だね」
国王に裏切り者だと思いこまれ、教皇に指名手配までされて挙句の果てにこの始末である。私が言うとゼロスは肩を竦めた。
「まー、役立ったならいーんじゃねえの?もともとそのつもりで旅に着いてきてるって言っただろ?」
そういえばゼロスはそんなことを言っていたな。疑惑が晴れても旅への同行をやめないのは律儀なんだか。
「でもゼロスはこういうの好きじゃないんでしょ?」
何気なく言うと、ゼロスはぱちくりと目を瞬かせた。そんな間の抜けた顔は珍しくて、思わず笑ってしまった。
「あはは、ヘンな顔」
「変って……美形の俺さまにひどいぜレティちゃ〜ん」
「ごめんごめん。ヘンでも顔はきれいだから安心しなよ」
「それって褒めてんのぉ?」
やれやれとゼロスはオーバーに首を横に振る。そしてぼそりと呟いた。
「こーゆーとこ、似てるよなぁ。ロイドに」
そうだろうか?私は首を傾げたが、ゼロスは微笑んでいたのできっと彼の中ではそうなんだろうと思った。


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