夢のあとさき
04

トリエットの町に行商人の男性を送り届けると宿のおかみにつかまってしまった。どうやら私の作るアクセサリーの評判がいいのでもっとほしいらしい。
「そう言われても、材料がないんだ」
嘘である。本音はここで全部売ってしまったら大金を持ってうろうろするはめになる。そんなのは勘弁だ。
「そうなの、残念ね」
「あなたは細工師なのか?」
宿まで着いてきた行商人が目を丸くする。そんな意外だろうか?
「ドワーフのもとで少し学ばせてもらったんだ」
「そうだったの!商人さん、これ見てちょうだいよ」
「ほう、素晴らしい!私も取り扱いたいくらいだ!」
待て待て、私は細工師として旅に出たんじゃない。たじたじになっていると宿の外がにわかに騒がしいのに気がついた。
「なんだろう?」
「……ディザイアンよ」
おかみさんが声をひそめる。このあたりにディザイアンの基地があるのか?私はおかみさんの制止も気にせずに外に出た。
ディザイアンは武器をふるって建物を壊していた。なぜそんなことをするのか分からないが、人的被害は今のところないようだ。
「そこの女ァ!何じろじろみてやがる!」
と、眺めているとチンピラのような因縁をつけられた。
「……」
「何か言え!反抗的な目ェしやがって!」
「うるさいなあ」
「なんだと!」
人々の視線が注がれる。どうしようかな。ディザイアンが引き上げるのを尾行して基地を突き止めようと思ったけど、このまま穏便にはいかないだろう。
「貴様ァ!」
ディザイアンの鞭が振るわれる。私は柄に手をかけて一閃した。
「弱い」
一人、切り捨てる。エクスフィアを装備していると言っても大したことはなさそうだ。二人目が襲い掛かってきて、三人目が魔術を唱えているのが見える。先に魔術使いを潰す。返す刀でもう一人の胸を貫き、そして逃げ出そうとする四人目を追いかけた。
「遅い!」
「ぐああ!!」
背中から袈裟切りにする。倒れ込んだディザイアンに砂塵が舞って私は目を細めた。やっぱりゴーグルとかあったほうがいいのかな。
念のため全員脈がないのを確認して剣を収める。町の人たちがこちらに恐ろしいものを見るような目を向けているのが分かって、私は振り返りたくなかった。
「迷惑をかけた。出ていく」
もう少し休みたかったけど、それはダメだ。町の人に迷惑がかかってしまう。私はディザイアンの遺体を全部町の外に放り出して再び砂漠へと戻っていった。

これからどうしようかと考えつつ、再び野営だ。風呂に入りたいとは言わないから服や髪に入った砂をどうにかしたい。はああ、とため息をつきながら剣を抱え込む。
二日連続の野営は疲れる。昨日はほとんど寝ていないし、今日は戦闘もした。砂漠っているだけでこんなに疲れるとは。さっさと越えてしまおう。海の方へ行くにはオサ山道を越えればいいんだっけ。
ふかふかの布団で寝たいなあ。ロイド、元気かなあ。コレットはちゃんと笑顔でいるかな。ノイシュの面倒見てるかな。親父さんは仕事に熱を入れ過ぎてないかな。
そんなことを考えて剣を抱える。
「一人……、か」
ほとんど意識が落ちつつある中、急に人の声が聞こえてハッと目を覚ました。気配がしなかった。後ずさって剣を抜く。
そこにいたのは男性だった。年はわからない。青い髪を一つに結んでいて、びっくりするくらい美形だった。
「誰だ」
「お前が我々の同胞を屠った娘か」
「……チッ」
ディザイアンかよ。思わず舌打ちをする。こんな疲れてるときに来ないでほしい。あまりに甘ったれたことを考えながら剣を構える。
「エクスフィアを着けているな」
「……」
応えずに剣を振りかぶった。男も武器を手にしている。
細身の男に似合わない大振りの武器だ。けれど男はそれを軽々と使いこなしている。――強い。昼間戦ったディザイアンとは比べ物にならない強さだ。
「娘、名前は何という」
「……ディザイアンに名乗る名はない」
「フ、では名乗りたくさせてやろう」
「……ぐっ!」
強い衝撃が襲ってくる。連続して切りつけてくる攻撃をうまく受け流せなくて頭が揺れた。まずい、これは負ける。
私は咄嗟に砂を巻き上げて男の視界を奪った。その隙に逃げ出そうとして――それは敵わなかった。
痺れるような衝撃が走る。受け身を取ろうとして失敗して、私は砂の中に倒れ込んだ。
「げほっ、ぐ、ぅ……あらて、か……」
一人ではなかったとは。歯噛みして視線を上げると、刃が突きつけられる。青い髪の男と、もう一人黒髪の男が私を見下ろしていた。
「名は?」
もう一度聞かれる。私は唇を吊り上げた。
「人に名を尋ねるときは自分から名乗るんだな」
「強情な娘だ。ボータ、連れていけ」
「はっ」
もう一度魔術を当てられる。私はあっさりと意識を手放した。


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