夢のあとさき
59

イセリア牧場の魔導炉は無事停止でき、魔導砲で大樹を収束させることにも成功したものの、私たちはその後村に向かうことになった。牧場に収容されていた人たちを放っておくことは出来なかったし、生き残っていたフォシテスが放った一撃をコレットが受けてしまったのだ。
「こんなの気持ち悪いよね?……こんなの変だよね?……こんな……。こんなの……」
「気持ち悪くなんてないよ」
「……来ないで!見ないで!」
破れた服から見えた肌は一部が結晶のようなものに覆われていた。――あの病気か!結局要の紋でも抑えられなかったらしい。
とにかく、と私はコレットに駆け寄ってマントで彼女を包んだ。見ないでと言っているのだから、そのままにしておくのはかわいそうだ。
「コレット、落ち着いて。……大丈夫だから」
「レティ、わたし、わたし……!」
「コレット……」
痛みに小さく呻いてコレットはそのまま気絶してしまった。私は彼女を抱えて立ち上がる。ロイドが心配そうに見ていたが、コレットの気持ちを考えるとロイドに運んでもらおうとは思わなかった。

イセリアの家にコレットを預けた後、私たちはコレットの祖母、ファイドラさんから話を聞いていた。どうやら救いの塔も大樹の消滅と共に見えなくなってしまったらしい。その責任がコレットに押し付けられるかもしれない――そう聞いてやりきれない気持ちになった。
ロイドたちは村の様子を見に行ったが、私はクラトスに聞きたいことがあったので残っていた。前髪の向こうの瞳を見つめる。
「クラトス。コレットの病の治療法を知っているんだろう。ここまできて話さないつもりか?」
ファイドラさんに聞こえないように言うとクラトスは暗い瞳で見つめ返してきた。
「神子に新たな要の紋を与えたのはおまえか」
「……それが?」
「あれのおかげでまだ抑えられてはいる。皮膚結晶化の進行は通常より遅いはずだ」
「だからどうしたというんだ」
完全に治癒しないと意味がないのだ。コレットのあの反応からして彼女はかなり思い詰めていたはずだ。神子という重責に苦しみ続け、天使化の代償にすべてを失いかけ、そのうえ輝石の拒絶反応とやらで命を落とすだなんて冗談ではない。コレットはそんな、苦しむために生まれてきた少女でないはずだ。
「話せないのか?それがユグドラシルの命令なのか」
だが、クラトスは少なくともイセリアの牧場ではユグドラシルの命令を無視して動いていた。フォシテスの言葉が真なら、大いなる実りは放置するべきだとユグドラシルは考えていたはずなのだ。
わからない。クラトスが何を考えているのか。
「……古代カーラーン大戦の資料を調べるがいい」
クラトスは長い沈黙の後にそう言った。古代カーラーン大戦、か。どこに資料があるものやら。
「その時代に同じ症状の人がいた、ということか。それは……マーテルだな」
「……フ」
コレットがマーテルの器となり得るほどに近いのなら、百万人に一人と言われている拒絶反応が出るのはある意味当然だ。クラトスがどこか嬉しそうに笑う。まるで出来のいい生徒を見る教師のような――いや。
「ユアンから聞いたか」
「ユアンは肝心なことを教えてくれなかった」
あのときはぐらかされたのが仇になった。まあいいか、クラトスがヒントらしきものを与えてくれたのだ。ここから辿りつけないことはないだろう。
「……なぜおまえはユアンと共にいたのだ」
マナの守護塔でのことを思い出したのか、クラトスがそう訊いてくる。そういえば天使化のことを知られてしまっていたなと思って、私はどう答えるか悩んだ。
「端的に言えば捕えられていたからだ。レネゲードは途中からロイドたちと協力関係になっていたが、そのときには私はもう完全天使化していたからな。ユアンのところでかくまってもらっていただけだ」
「おまえのエクスフィアは進化していたのか」
「そうらしい。……どうする?これを私から奪うか?」
ならば戦うまでだと暗に含ませて言う。おめおめと奪われるわけにはいかないのだ。世界が統合されて、大いなる実りが健全に芽生えるまで戦う力は必要なのだから。
クラトスは私から目を逸らした。しばらく沈黙してからかぶりを振る。
「いや。今は私も……」
言葉が途切れる。私が促すこともできずにいると、にわかに外が騒がしくなった。
ロイドたちがトラブルに巻き込まれているのだろうか。ロイドとジーニアスの二人は追放されていたのだし、何かあってもおかしくない。心配だからとみんなついて行ったが、私も見に行くことにした。
「外に行ってくる」
クラトスは私を引き留めることはしなかった。


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