夢のあとさき
56

転送装置の先には見覚えのある封印があり、ロイドたちは戦いを終えた直後のようだった。
「姉さん!?」
ロイドが私に気がついて呼んでくる。返事をする前に塔がいっそう強く揺れた。私に続いてユアンとクラトスが転送装置から姿を現したが、気にしている場合ではない。
私の視界の先には三本の光があった。地面から、真っ直ぐに天を貫いている。
「な、何だ……?」
ただならぬ雰囲気をロイドも感じているようだった。その横でジーニアスが身を縮こまらせて怯えたように言う。
「鳥肌が……。おかしいよ!マナが嵐みたいにぐちゃぐちゃで……」
その直後、祭壇から光が溢れた。その光は天に向かって真っすぐに伸びていっている。あの三本の柱と同じように。
「これは……。じゃあ、あの光は各地の封印から――」
リフィルが呆然としながら言うが、再び激しい揺れが襲ってきて言葉が途切れる。今度は立っていられなくなるほどの揺れだった。ピシッ、とひび割れの音が聞こえる。まさか、このままでは……!
「いかん!逃げろ!」
クラトスの鋭い声が聞こえる。私は咄嗟に羽根を拡げていた。
「ユアン!神子!飛べぬ者を守れ!早く!」
同時に木の根が突きだしてきて足場が崩壊する。
私には言われなかったが、飛べないわけではないので素早く救出側にまわった。近くにいたリフィルを抱えて視線を巡らす。コレットはジーニアスを、ユアンはリーガルとプレセアを捕まえて飛んでいる。しいなはシルフを召喚してゼロスと二人の足場を確保できていた。
「ロイド!」
落石を躱しているものの、このままでは落ちてしまうだけだと思ってロイドにも手を伸ばす。けれどその手が届く前に、視界にマナの翼が広がった。次の瞬間にクラトスがロイドを引っ張っているのが見えて安心する。
私たちは落石を避けるようにその場から離脱していった。
抱えてるリフィルが呆然としたままなので声をかける。
「リフィル、大丈夫?」
「ええ……、戻ったのね、レティ」
「あ、そうみたいだ」
気づけば体の操作権が戻っていた。クラトスと戦っている途中あたりだっただろうか?あれほど焦っていたのに、戻るときはあっさりと戻るものだ。
「心配かけてごめん」
「……あとでたっぷり、わけを話してもらいますからね」
リフィルが教師っぽく言うので私は少し笑ってしまった。ちょっとだけ心がほぐれたようだった。

マナの守護塔は樹の幹が絡み合い、押しつぶされるようにしてあっという間に瓦解していった。あんな大きな建物が、と呆気に取られてしまう。樹の根は蠢いて伸び続け、地面から突き出して大地を荒らしていく。そして樹の中央では女性が――マーテルが取り込まれようとしていた。
「やはり……こうなってしまったか」
樹の根が届かないところに降り立った私たちの中で、クラトスが苦々しく呟いた。それにロイドがたまらずに噛みつく。
「どういうことだ!」
「大いなる実りが精霊の守護という安定を失い暴走したのだ」
「そんな馬鹿な!精霊は、大いなる実りを外部から遮断し成長させないための手段ではなかったのか!?」
私が思ったことをそのままユアンが言う。そうだ、そんな話は聞いていない。なぜこんな樹が大地を荒らすことになっているのか。
クラトスの説明によると、大いなる実りは離れようとする二つの世界に吸引されてどちらかの位相に引きずり込まれようとしていた。そんないつ暴走するか分からない大いなる実りを安定に二つの世界の間に保つための機能を精霊の楔は備えていたのだ。
「安定を失った大いなる実りにおまえたちがマナを照射した。結果、それは歪んだ形で発芽し暴走している……。融合しかかったマーテルをも飲み込んでな」
「理屈はどうでもいい!このままだと、どうなるんだ!」
焦るロイドにどこか冷静にユアンが答える。
「……クラトスの言葉が事実ならシルヴァラントは、暴走した大樹に飲み込まれ、消滅する。シルヴァラントが消滅すれば、聖地カーラーンと異界の扉の二極で隣接するテセアラもまた消滅する」
なんということだ。このままだとあの歪んだ大樹とデリス・カーラーンの天使以外は死んでしまうとクラトスも言う。
こんなことになるなら精霊との契約をあのときちゃんと止めていれば――いや、言っても無駄か。悔いるのは後で出来る。解決策が必要だ。
「ユアン。マナの照射を止めても無駄なのか」
「それではあの大樹を収めることはできない。サイは投げられたのだ」
クラトスが答えた。私は重苦しく沈黙してしまう。
テセアラへの影響はどうだとか、どうしてシルヴァラントで大樹が暴走しているかだとか話が進む。テセアラでは大樹の暴走がないようだが、それでも影響は免れない、か。
「精霊たちはそれぞれ陰と陽の二つの役割を神子の世界再生によって交代で受け持っている。現在、陽であるマナの供給を担当しているのがシルヴァラントの精霊だ。だからこそ、大樹はマナの過剰摂取で暴走しているのだろう」
「……だったら相反するもう一方の精霊の力をぶつければ中和されるんじゃないのか?」
と、ロイドが突拍子もないことを言い出す。だがそれが今できる最善の策だった。
結局私たちは魔導砲にテセアラの精霊のマナを込めて大樹に向かって放つという方法に出ることになった。
その前にマナの照射を止めなくてはならないのだが――ここで問題が発生する。ロディルの牧場は問題ないが、イセリア牧場に侵入していたレネゲードが排除され内通者に行わせていたマナ照射の切り替えができなくなったというのだ。
「ようするに、今から侵入して照射を止めなくちゃならねぇってこったな」
「……では私が行こう」
「では私が行く」
ゼロスの言葉に私とクラトスが声を上げたのは同時だった。思わずクラトスの顔を見てしまうが、向こうは目を逸らして無言だった。
「レティ、あなたはこちらに戻ってくるのではなくて?」
「でも、クラトス一人に行かせるわけにはいかないでしょう」
元々敵対していたのだ、信用はおけない。間違ったタイミングで魔導砲を放っても意味がないのだ。
そして何を思ったのかロイドが名乗りを上げた。
「じゃあ、俺もいく!」
「何言ってんだい!こっちは魔導砲へ向かわないと」
「しいなとレネゲードで魔導砲に向かってもらう。姉さんと俺たちと……クラトスでイセリア牧場へ潜入する。しいなは俺たちの指示で魔導砲を撃て。しいなだってクラトスからの指示だけを信用はできないだろ」
ロイドはてきぱきと話してしいなを納得させた。
ユアンが頷き、私たちはすぐさまイセリア牧場に向かうことになったのだった。


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