夢のあとさき
38

下水道はいつもの道が閉鎖されていたらしく、手間をかけて仕掛けを解いていくしかなかった。というかソーサラーリング、便利だなあ。さすがマーテル教会の秘宝。あっさり持ち出すロイドの度胸もすごい。
ようやく下水道の出口に辿りつけるというところで私たちを待ち構えていたのは囚人たちだった。教皇が減刑をエサに仕掛けてしたらしい。侵入路、バレてるじゃん。
最初に襲ってきた囚人たちは大したことなかったが、全員退けたと思ったところで現れた長髪の囚人にあっという間にゼロスが捕まってしまう。手枷がついてるせいか、ゼロスの背中を踏んで抑えているのでかなり痛そうだ。
「おいおいおい。神子にはこんなことしていいと思ってるのかぁ?」
とはいえゼロスの調子は相変わらずだ。
「……世界の滅亡を企む者は、神子などではない」
そう言う囚人は先ほどの減刑を目当てにしていた囚人たちとは少し違うように見えた。そうだとしてもゼロスを見殺しにするわけにも捕まるわけにもいかないが。
「あっそ。お〜い、ロイドく〜ん!俺さまを見捨てたら、化けて出るぞ〜!」
「……今猛烈に見捨てたくなったぞ」
とか緊迫感のないやりとりをする二人を横目に動いたのはプレセアだった。斧を振り回して囚人をゼロスの上から退かす。ゼロスは素早くこちらに戻ってきた。
囚人はプレセアに何か驚いてるみたいだったけど、不利と踏んだのかすぐに撤退していった。とりあえず安心かな。
「プレセア、今の人と知り合い?」
「……」
聞いてみてもプレセアは答えない。どっちかというと知り合いではなさそうな雰囲気だ。
「プレセアちゃ〜ん!助けてくれてありがとうな〜!」
「……はい」
「ゼロス、結構強く踏まれてたみたいだけど平気?」
「心配してくれるなんてレティちゃんは優しいな〜。これくらいヘーキヘーキ」
と言いつつ小さくファーストエイドを唱えているゼロス。痛いのは痛かったらしい。
「そういえばゼロスは魔法使えるんだね。テセアラではエルフとハーフエルフ以外にも魔法を使える技術があるの?」
「気になる〜?俺さまってば謎の多いミステリアスな美男子だからな」
どうやら教えてくれる気はないらしい。気になりつつ私は急かすロイドに続いて下水道から這い上がった。
しかし、謎が多い、か。確かにあまりゼロスの事情は知らないな。

メルトキオの精霊研究所に行くとしいなの仲間がエレメンタルカーゴ、略してエレカーとかいう乗り物を用意してくれるようだった。シルヴァラントにはないものなので少しわくわくする。少なくともたらいよりは期待できるはずだ。
リフィルは海を渡ることにやたら不安げだったので「ウンディーネがいたら落ちても平気だよ」と励ましておいた。落ちる事態にならないのが一番だけど。エレカーというのもウンディーネに動かしてもらうらしく、橋を飛び越えたときといいシルヴァラントで契約してもらっていて本当に助かる。
エレカーの用意には時間がかかるようで、私たちはゼロスの屋敷に一泊させてもらうことになった。
「で、でか……」
ゼロスが言っていた通りにひときわ大きな屋敷に思わず馬鹿みたいに呟いてしまう。ここに王さまが住んでいるのだと言われても城を見る前なら納得しただろう。なにせ私はシルヴァラントの未開人なので。
屋敷には執事の人がいて、王と教皇の使者からゼロスが戻ったら通報するようにと告げられていたらしいがゼロスはそれをサラっと流していた。執事の人も気にした様子がない。
適当にくつろいでくれと言われたので屋敷の中をうろついてみると、肖像画(ゼロスの母親かな?)があったり、書斎があったりとかなり中身も豪華な屋敷である。書斎の本を勝手に触っていいか迷ったのでゼロスに聞いてみると「い〜ぜ〜」と軽く言われた。適当だなあ。
「レティちゃんって結構勉強熱心だよなあ」
「そうかな」
「剣もやってて勉強もしてるのって珍しくないか?」
言われてみればそうかもしれない。周りだと、リフィルとジーニアスは勉強熱心だけど魔術を使っているし、ロイドとコレットは剣とチャクラムで二人ともそんなに勉強好きとは言えない。
「勉強は、コレットのためだったから」
そういえばゼロスには話したことがあっただろうか。再生の旅に先立って旅をしてたことを話すと「無茶するなあ」と呆れたように言われてしまった。
「あれ、剣は違うのか?コレットちゃんの護衛をするためじゃなくて?」
「……剣は、忘れたくなかったからだよ。まだ両親と旅をしてた頃に、お父さんに教えてもらってたんだ。基礎の基礎だったけどね」
「へ〜。それで続けてるなんてきっとそのお父さんも喜んでるぜ」
「どうだろう」
そんなことは考えたこともなかった。私の自己満足だったからだ。剣だってほとんど我流で、きちんと学んできた人と比べたら綺麗なものじゃないだろう。
「こんなものに固執しないほうがよかったかもしれない」
自分の剣を見下ろす。そうすれば――何も知らずにいられたかもしれないのに。
でも結局私は剣を手放すことなんてできないのだ。エクスフィアと同様、戦うために必要なものだ。ここで捨てたとしても何の解決にもならない。
ゼロスはこちらをまじまじと眺めていた。感情が読み取れない瞳だった。しまった、こんなことを言われても困るだけだろう。
「ま、まあ、とにかく本は読ませてもらうね」
「お〜よ。ごゆっくり」
追求しないでくれて助かる。こういう距離感の取り方がうまいのだと思った。でも、距離が詰められないままというのもきっともどかしいものだ。
ゼロスが書斎から出ていくのを見送って、私も気を取り直して本を一冊手に取った。シルヴァラントとテセアラは違う世界だ。テセアラにはどのような神話が語られているのかは知っておくべきだろう。
サイバックに行くのなら資料館を確認したいが時間があるかどうかが悩ましいところだ。


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