リピカの箱庭
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あの後は大変だった。
まずアシュリークに怒られた。兵士が山ほどいるし定員もあるので騎士を連れ込めないのは知っていたし、アシュリークには納得してもらって近くに控えてもらっていたんだけどそれでも怒られた。自衛したんだからいいじゃないか。
ガイラルディアはなかなか帰ってこないし、巻き込まれたアニスもお疲れだったし、なによりカーティス大佐だ。しばらく近寄らないでおこう。ちゃんと陛下にご機嫌を取ってもらわないと火傷するのはこちらだ。
そう、陛下は無事だった。服の下に鎧を着ていたとかいうけれど、つまりそれ以外の遠距離譜術なんかは絶対に防げる自信があったということか。実際のところ音素暴走に関してはカーティス大佐が鎮めたので間違ってはないけれど、それはそれとしてちゃんと軍部の粛清はしてほしい。仮にも謁見の間に入る兵士があの始末ではこちらの命だっていくつあっても足りない。
カーティス大佐があの場で大規模譜術をぶっ放した結果、反乱分子側には多大な負傷者が出た。手加減なんて微塵もしなかったので、もろに巻き込まれたネイス博士が比較的軽傷だったのはかなりの幸運である。もちろんシュタインメッツも無事では済まず、重傷を負って今は入院中だ。その間にサクサク一族粛清を行なっているのだが、ある程度回復したらシュタインメッツは処刑されるだろう。軍部の頭をある程度取っ替えるレベルの騒動には発展したのでこれでしばらくは安泰かもしれない。
預言を撤廃した結果の騒動としては民衆に広まらなかったぶんまだマシだろう。ここからさらに何かある可能性はあるのだけれど、流石に皇帝暗殺はそう簡単に企めるものでもない。シュタインメッツだってフランツ皇子の親書を手に入れてリース少年を手駒と育てるのにかなりの年月を要したのだから。
「アニスもダアトでは気をつけるのですよ」
「心配してくださってるんですかあ?はい!きっちりイオン様をお守りします」
「あなたが勇敢なのは知っていますが、導師も心配をしますよ。大きな怪我はしないように。それとノイとアリエッタにもよろしく伝えておいてください」
アニスは事後処理には関係ないため早々にダアトへ戻ることになったが、そう告げるとキョトンとした顔をしていた。かわいらしくてつい頭を撫でたくなる。とはいえよその子だし、お土産を持たせるくらいしかできなかった。
「困ったことがあればノイを頼りなさい。一人では大変でしょう。大切なものを守るためにあなたが悲しい思いをする必要は……きっとないのですから」
導師は変わらず虚弱体質なので、私の知っている通りにモースが復活して秘預言にこだわれば彼の命に危機が迫るのは十分にあり得る。しかしノイ――イオンオリジナルいう異分子がいることと、導師がその存在を受け入れている事実はプラスにはたらく要素ではある。
アニスは少し戸惑った顔をしてから、「うーん、ノイって借りを作るのちょっと怖くないですか?」とおどけてみせた。その気持ちはわからなくもないのだけど。

私がなぜかわざわざ陛下に呼び出されたのはアニスがダアトへ戻った後だった。何の話だろうと思いつつ、正直いい予感がしない。このタイミングだからなあ、何を言われるのだか。陛下の執務室には陛下だけでなく、ガイラルディアとそれからリース少年が待ち構えていた。
……なぜか、って言ったけど、わかった。要件が。ため息をつきそうになるのを取り繕って一礼する。
「レティシア・ガラン・ガルディオス、お呼びと聞き参上いたしました」
「楽にしてくれ」
「陛下におかれましては、お怪我もなくお元気そうで何よりです」
マジで怪我の一つもしていないのだ、この人は。カーティス大佐がキレたかいがないというか、なんというか。無事なのが喜ばしいのは本当だけど。
「最近は同じことをよく言われるなぁ」
「それはそれは。陛下の治世はご健康あってのことですから。陛下の忠実なる臣民ならば御身の壮健を祈らずにはおられぬのでしょう」
「なるほど、卿もか?」
「もちろんでございます。ピオニー陛下」
にっこり微笑んで顔を上げる。陛下はニヤニヤと嬉しそうなので、嫌味を言っても無駄なのはわかるがそれこそ言わずにはいられない。ガイラルディアも呆れ顔だ、同じようなことを言った一人なんだろう。
「まあかけろ、卿には折り入って頼みがあってな」
仕方なくガイラルディアの隣に腰掛ける。向かいのソファに陛下が座っていて、リース少年はガイラルディアの隣で立ちっぱなしだ。何かあればガイラルディアが止めるということか。なんかこっちをチラチラ見てくるのはなんなのだろう。
「私めに陛下のご要望が叶えられるとも限りませんが」
「そう言うな、いつも予想外のことをしでかすのは卿の方だろう。ああ、あの響律符は助かったな。暴走を難なく止めたのは卿の手柄だ」
「恐れながら、譜術を行使したのはカーティス大佐と存じますが」
「止めやすくしたのは卿だろう。ああいうのは盲点だった、軍にも配りたいくらいだ」
「量産体制を整えることに問題ございません。しかし、よろしいのですか?」
あの響律符――簡易封印術とでも言うべき効果を持つ響律符は、それこそ譜術に対してかなり有利になる。改造すれば譜業に対しても同様の効果が得られるかもしれないが、譜術師が多いマルクト軍にとっては諸刃の剣とも言えるだろう。
「なに、こういうのはいずれは広まるものだ。それに致命的というほどではない」
「かしこまりました」
「で、本題だが」
これで話終わらないかなーと思ってたがダメだった。陛下はやっぱりいい笑顔で、私とリース少年を見比べた。
「そこのリースだが、ホドグラドで預かってはくれんか」
「つまり、我が家で面倒を見ろとおっしゃる」
「そういうことだ。暗殺計画の実行犯とはいえシュタインメッツに利用されていたリースを処刑するつもりはないが、罪に問わぬわけにもいかん。ゆえに監視をつけて鍛え直してやれば良いと思ってな」
それがうちか。いや王城でやればいいじゃんと言うのは悪手で、なぜなら軍部が粛清されたばかりなのだ。完全にシュタインメッツ派がいなくなったとは言えない場所にリース少年を放り込むわけにはいかない。最悪彼が始末されて終わりだ。
つまり皇帝のお膝元であるグランコクマからそう遠くない場所で、信頼のできる者の元に置きたいのだろう。その点ホドグラドには規模の大きい騎士団が置いてあり、騎士の育成体制もあるのでリース少年を受け入れるのに困難は少ない。……そうくると思いましたよ、呼ばれたときから。
「なぜゆえ我が家なのでしょうか」
一応聞いておくと、ピオニー陛下は楽しそうにこう言った。
「リースが卿を気に入っているからだな」
「……、は?」


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