夢のあとさき
34

「ゼロス」
山道を登っている途中、一番後ろにいたゼロスに声をかける。「な〜に、レティちゃん?」とゼロスはデレっとした声で答えた。
「さっきのことだけど」
「まだ怒ってんのか?」
「……リフィルとジーニアスを助けられなかったら怒るどころじゃなかったよ」
二人を助けられなかったと思うとぞっとする。きっと立ち直れない出来事になっただろう。そう考えて拳を握った。
「でも……あのときの私はたぶん冷静ではなかったから。止めてくれて助かった」
「どういたしまして?」
「ゼロスの気持ちも考えていなかったな」
ゼロスはきょとんとした顔でこちらを見ていた。
「俺さまの気持ち?なになに〜、なに考えてくれてんの?もしかしてレティちゃん、」
「ハーフエルフのことだ。テセアラの人たちにはそうとう根深い差別意識があるんだろう」
騎士の物言いはひどいものだった。ハーフエルフの研究員は同じハーフエルフを仲間だと言う私とロイドのことを信じなかった。そういうものがこの世界にはある。
おぞましい。だが、それが当然だと考えている人たちにとってはそうじゃない。
「ゼロスは私たちほどあの二人と付き合いが長いわけじゃない。だからためらいもあったんじゃないかと思って」
「……それはレティちゃんが謝ることじゃないぜ」
「私たちは育った世界が違うんだ。意識が違うのも仕方のないことだと思う。あれは私の八つ当たりだったのだから、悪かった」
それに彼はもともと監視役だ。教皇に嵌められる形になったとはいえ、私たちに積極的に協力する立場でもない。なんならコレットを売ることもできる――まあ、それ以上に教皇と神子の確執もあるようだったけど。
「ま、レティちゃんはカッとなるところ直したほうがいいんじゃねえの?そういうところも魅力だけど♥」
「ゼロスは趣味が悪いのか」
「そうかあ?我ながら趣味はいいと思うぜぇ〜?」
とりあえずゼロスの忠告は受け取っておく。カッとなるところとならないところの差が激しいのが自分の欠点でもあると思う。
こういうときどうすればいいんだっけ。衝動に駆られたら十数える……というのをどこかで聞いた気がする。今度からは実践しよう。

険しい山岳を登りきった私たちを待っていたのは罠だった。何か結界のようなものに閉じ込められてしまい、その上現れたのはユアンだった。
「まんまと罠にはまったな。……愚か者が!」
「おろか者だってよ」
「ゼロスくん……ドジです」
「俺さま、しょんぼり……」
ロイドとプレセアが容赦ない追撃を与える。じゃなくて。
「今度こそ、約束を果たしてもらおう。レティシア」
ユアンが真っ直ぐに私を見てくる。……こんな目に遭ったのは私のせいか。ならば大人しくしたがった方がいいんじゃないか?
「姉さん!そんなやつの言うことなんて聞かなくていい!」
「ロイド……、でも」
「おや、ユアンさまではありませぬか。何故、このような場所に?」
急に声が割り込んでくる。どこかで見たことのあるような女性だ。
「それは私の台詞だ、プロネーマ!きさまたちディザイアンは衰退世界を荒らすのが役目だろう!」
ユアンが全部説明してくれた。プロネーマという女性はディザイアンで、ディザイアンは衰退世界のみに存在する。つまりテセアラにはディザイアンはいないのだ。しかし自由に行き来はできるらしい。
そしてディザイアンであるプロネーマがユアンを「ユアンさま」と呼んでいることからユアンはプロネーマよりも高い地位の天使である可能性が高い。つまり、クルシスの一員であるわけだ。それがどうしてレネゲードを組織してトップのユグドラシルに反抗しているのかは分からないが。
プロネーマはユグドラシルの命を受けてコレットを連れていくのだと言った。ロイドが引きとめるがその声はやはり届かない。だが、プロネーマがコレットの要の紋を取り上げようとしたとき変化は起きた。
「や、やめてっ!!これはロイドが私にくれた誕生日のプレゼントなんだから!」
「コレット!」
「声が……出た!」
「コレット、元に戻ったのか!」
久しぶりに聞くコレットの声だ。なんだかホッとしてしまう。
コレットは私たちの状況に驚きつつ、ドジを炸裂させて罠の装置を壊してくれた。まさにコレット。恐るべし。
コレットは真っ先にロイドに駆け寄ってくる。
「ロイド!あのね、プレゼントありがとう!うれしかったんだけど、ホントにうれしかったんだけど、あの時はどうにもならなくて」
「いいよ、そんなの」
真っ先に伝えることがそれなので微笑ましく思ってしまう。しかしプロネーマが放っておいてくれるはずなく、襲い掛かってきた彼女に私たちは剣を握ることになった。
せっかくの再会なんだ。無粋な真似をするんじゃない!



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