夢のあとさき
32

グランテセアラブリッジという長大な橋を渡り、私たちはサイバックへ向かった。この橋は三千個ものエクスフィアを使っているらしい。
テセアラには見たところディザイアンがいない。それはつまりエクスフィアが作られていないということだが、一体どこからエクスフィアを調達しているのだろう?
ゼロスはエクスフィアをレネゲードからもらったと言っていた。神子暗殺の任務を負っていたしいなもそうだったが、もしかしたらゼロスも直接的でないにしろレネゲードとのつながりがあるのかもしれない。

サイバックで聞いた話ではクルシスの輝石はエクスフィアの進化形であるらしい。どういうふうに進化するのかは分からないが、ともかく要の紋があればコレットの心を取り戻せる可能性が高い。そう聞いた私たちはサイバックのジャンク屋で要の紋が売っているという話を聞き無事に入手することができた。
「姉さん、修理は俺がやってもいいか?」
「うん。早く直してあげて」
ロイドは頷くと借りた研究室に入っていった。その間私たちは研究院の玄関ホール付近で待つことになった。
おおきな化石を見上げる。こんな立派な施設はシルヴァラントには存在しなかった。パルマコスタの学問所よりも立派だろう。ここに集めてある資料なら、もしかしたら古代大戦のことも分かるのだろうか――。そう考えているとゼロスの声に思考を遮られた。
「レティちゃんも要の紋ってやつ、直せんの?」
「ああ……私とロイドの養父はドワーフで、色々と教えてもらったんだ。だからあれくらいなら私も直せると思う」
「へえ。ロイドくんとどっちが上手いワケ?」
「どうだろう。……ここは年上としての意地で、私の方が上手いって言わせてもらうかな」
ロイドは私が親父さんの手伝いをしているのを見て真似したがったのだ。ロイドは手先が器用なのでぐんぐんと上達し、私も負けじと技術を身につけようとしたが今は同じくらいだろう。経験の差で軍配が上がるくらいかな。前は剣の腕では勝っていたが、それも今はどうだろう。
考えると私はもうロイドに追い抜かされているのかもしれない。少し寂しい気持ちになった。
「そんなカオしないでよ〜、俺さまがいじめたみたいじゃんか」
「みたい、じゃなくてそうなんじゃないの」
「おいおいがきんちょは引っ込んでろって」
ジーニアスが割り込んできたので思わず笑ってしまった。
「ねえレティ、本当にひどいこと言われてないの?遠慮しなくていいんだよ」
「大丈夫。あんまり言うとゼロスに失礼だよ」
「そーそー、失礼だぜー。俺さまがかわいいハニーちゃんを悲しませることを言うと思うかぁ?」
「それが悲しませること、なんじゃないの」
「ははは」
容赦ない毒舌を振るうジーニアス。どうにも彼とゼロスは相性が悪いらしい。
そうしているうちに修理を終えたロイドが戻ってきた。「遅くなったけど、これが俺からの誕生日のプレゼントだ」と言いながらコレットのに要の紋を渡す。……誕生日、忘れてたんだな。ロイド……。
コレットは要の紋を身に着けても何の反応も返さなかった。つまりこの要の紋では足りないということだ。
「ロイド、ちょっと見せて」
「ああ、……どうだ?」
「……私でもこれ以上は無理だ。本職のドワーフを訪ねたほうが早い」
しかし私たちの知っているドワーフの職人は親父さんだけだ。となるとシルヴァラントに戻らなくてはならない。
「おいおいおい。ちょっと待てよ、肝心なことを忘れてないか?俺さまはおまえたちの監視役なんだぞ?シルヴァラントに帰るなんて許すわけないだろーが」
そう話し合う私たちをゼロスが止めるが、ロイドはしれっと返した。
「監視役なら着いて来ればいいじゃん。慈悲深い神子さま」
「……え?マジ?」
「あなたはフェミニストなのでしょう?」
「そうだよ。コレットを助けるためだもん。黙っててくれるよね〜」
リフィルとジーニアスも畳みかける。私も「ということなんだけど」と振るとゼロスは諦めたようだった。
しかし事はそううまく運ばない。ゼロスにつけられていた監視の騎士たちがなだれ込んできたのだ。
ゼロスは反逆罪、私たちも取り押さえられてしまう。その上身分を明らかにするために行われた生体認証でリフィルとジーニアスがハーフエルフであることが明らかになってしまった。
「低能なハーフエルフが図々しい身分詐称だ」
心底忌々しいというふうに吐き捨てる騎士に目の前がカッと熱くなった。誰が低能だ。ハーフエルフだからなんだというのだ。私の、ずっと一緒にいた仲間を……!
「何だと!先生もジーニアスもおまえらよりもずっと立派だぞ!ハーフエルフだろうが何だろうが、関係ないだろ!」
「その通りだ。その発言、撤回しろ。さもなくば……」
私の腕を掴んでいた騎士の腕を無理矢理外して剣の柄に手をかける。しかしそれを抜くことは叶わなかった。
「どうどう、落ち着けよレティちゃん」
「ゼロス!邪魔をするな!」
「おおっと、レティちゃんってもしかしてロイドくんより直情型?……おまえらの世界がどうだかは知らねぇが、こっちじゃハーフエルフは身分制度の最下層なんだよ」
私たちに言い聞かせるようにゼロスが言う。そんな説明で納得できるとでもいうのか。
しかもハーフエルフの罪人はすべて死刑なのだという。正当な弁明の権利すら与えられないのだろう。そんなことを聞かされたらますますリフィルとジーニアスを連れていかせるわけにはいかない。
「……ここじゃ場所が悪い。頭を冷やせよ、レティシアちゃん」
耳打ちされて私は拳を握った。
連れていかれる二人の背は、ひどく小さくて――それを見送ることしかできない自分に嫌悪感を抱いた。



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