夢のあとさき
31

テセアラの神子はゼロス・ワイルダーと名乗った。なんというか、つかみどころのない人だ。腕が立つのは確かなので戦闘面での足手まといにはならないだろうけど、監視役なのであまり信用しない方がいいかもしれない。
クラトスのことを思い出す。どんなに仲良くなっても、目的が違えば、私たちは傷ついて離れることしかできないのだ。

ゼロスが王立研究院に連絡をつけてくれたということで私たちはサイバックという都市に向かうことになった。プレセアの故郷はその先らしいので、帰りたがる彼女をその後送り届ける予定だ。
その前にメルトキオの宿屋で一休みすることになった。濃い一日だったなあ。レネゲードの基地から逃げ出し、レアバードで空を飛び(覚えてないけど)、墜落してテセアラに着いた。無事にコレットの心を取り戻せればいいんだけど。
「レティちゃんあんまり食べてねーんじゃねえの?」
みんなで夜ご飯を食べているとゼロスにそう声をかけられる。私は首を横に振った。
「あまり食欲がないから」
「でもよ〜、これから旅するんだから食べないと体力持たないぜ〜?あっ、俺さまが食べさせてあげようか?」
「断る」
「つれねーの」
それは勘弁してほしいので慌てて目の前の皿を片付けようとした。でもやっぱりお腹は空いてなくて、飲み込むのが苦痛なほどだ。
しかも――口に入れたものは、味がしない。
「姉さん大丈夫かよ」
横に座っていたロイドにも心配そうな顔をされる。自分でもひどい顔をしているのが分かった。
「顔色悪いぜ、レティちゃん。体調悪いのか?だったら無理して食べない方がいいかもな」
「う、うん……」
「先に休んでる?俺さまが宿まで送ってっちゃう」
「いや……一人で平気だ。ごめん、ロイド。戻ってる」
「気をつけろよ」
そう声をかけられながら私は一人早足で食堂を出た。喧噪から夜のひんやりとした空気に逃げられてなんとなくほっとする。それでも胸のもやもやは晴れなかったし、飲み込んだものがせり上がってくるようで気持ちが悪かった。
「まさか……」
心当たりが一つある。まさか、そんなはずはない。嫌な予感に頭を抱えたくなった。宿に足早に戻って部屋に入るとそのままずるずるとしゃがみこんだ。
「そんな、はず……ないのに……」
手をかざす。左手の甲に埋め込まれたエクスフィアが赤く光っていた。それは妖しいくらい美しく、禍々しい。
「何で私が……?」
確かに要の紋はない。テセアラに来てしまったことで、入手経路もないに等しかった。わたしはどうなるのだろう。震える自分の体を抱きしめた。
コレットもこんな気持ちだったのだろうか。たまらなく不安で、でも表面上は何事もないかのようにふるまってたんだろう。コレットは――強い。でも、私には無理そうだった。
「ぅ、……っ、う……」
気づいたら一人で泣いていた。自分の体の変化に対する不安のせいで、一緒に色々なものが押し寄せてくる。
コレットを救えなかったこと。クラトスが裏切ったこと。ユアンとの約束を破ったこと。これからどうすればいいのか分からなくて、もしかしたら要の紋を失ったせいでコレットのように人間性を失ってしまうかもしれないことへの不安。
もう誰にも、何にも裏切られたくない。裏切りたくない。そう思うのに、ちゃんとできるか分からなかった。私には力が足りないのだ。このままではいけないことだけは分かっている。
「しっかり、しなきゃ……」
泣いてる場合なんかじゃない。コレットを救うために、ロイドやみんなを守るために、この世界をただすために――私にはなすべきことがたくさんある。
だったら、もしかしたら……人間性を失うのも悪手ではないのかもしれない。じきに眠らずにいられるようになったらその時間は鍛錬をすればいいだろう。寝ずの番をしてみんなを守れる。痛みを感じなければもっとひるまずに戦える。
不安になってる暇なんてないと私は立ち上がった。みんなには心配をかけたくない。強くあらねばならない。
「大丈夫、だから」
自分に言い聞かせる。不安は胸のうちにしまって、このことは誰にも話さずにおこうと思った。


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