リピカの箱庭番外編
やきたてラヴ・ミー・ドゥ

※バレンタインネタ(元拍手お礼SS)
※ガイとヴァンがグランコクマにいるif/夢主十代前半ごろ

私は焼きたてのクッキーたちの前でため息をついていた。
一つつまんで口に運ぶ。まだほんのりあたたかいそれは、さくりと口の中で崩れていった。特別おいしくはない、かといってまずくもない。素材に使ったものの味がする、といった感じだ。
「はあ……」
「どうしたんだ?レティ」
もう一度ため息をつくと、キッチンの入口からガイラルディアが顔を覗かせた。あまい香りに目を瞬かせている。
「ガイこそどうしたの?」
「レティが凹んでる気配がしたから」
「う」
こういうとき、双子の兄には隠し事ができないのだ。私が口ごもる間にガイラルディアはずんずんと近づいてきてクッキーを見下ろした。
「レティが作ったの?食べていい?」
「いいよ」
「じゃあいただきます」
ひょい、とガイラルディアがクッキーを口に運ぶ。さくさく、ごくん。飲み込むまで私はぼんやりガイラルディアを眺めていた。
「どう?」
「普通のクッキーだと思う」
「そう、普通なんだよ」
私に対してお世辞を言わないガイラルディアはごく素直に感想を述べた。私たちの意見は合致したということだ。
「料理は、むずかしいね……」
前世の記憶があるとはいえ、一応は貴族の家の娘として生まれてきた私は今世では料理なんてしたことがない。それなのにできると意気込んで手を出してこのざまだ。失敗するよりはいいのだが、成功もしなかったので本来の目的は達成できそうになかった。
「レティは理想が高いんだよ。別に十分だと思うけど」
「十分じゃない」
「誰かにあげるつもりだったの?」
「お世話になってる人に……」
暦は全く違うものの、シルフデーカン――つまり二番目の月の十四日と言えば、いわゆるバレンタインだ。もちろんこの世界にはそんな風習ないのだけど、なんとなく思い出した私はお菓子づくりに手を出し、見事に普通のクッキーを生み出した。チョコレートにしなかったのはハードルが高いと思ったからだが、クッキーも簡単ではなかったのである。
ここから極めるとなると時間と材料費がかかり、残念ながら私はそんなに暇じゃない。餅は餅屋ということで、専門店のものを買ってきて配った方がはるかに喜ばれるだろう。
「お世話になってる人って、ヴァン?」
「ヴァンデスデルカだけじゃないよ」
「ふーん?」
そんなピンポイントではない。のだけど、ガイラルディアはなぜか目を細めてニヤニヤと笑っていた。……本当は理由もわかりきっているけど。ヴァンデスデルカは騎士として私に忠誠を誓っているという意味では特別だが、ガイラルディアが揶揄するような関係ではない。
「ガイ。からかうのは嫌い」
「レティも素直になればいいのに。でもヴァンならこのクッキーも喜ぶと思うよ」
「お礼なのに美味しくないものを渡したら意味がないよ」
「レティが作ったことに価値があるからいいんだって」
「私が嫌だもん。自己満足なら美味しいもの食べてもらった方がずっといい」
私は立ち上がると、冷めてきたクッキーたちを適当な袋にざざざと入れた。いつまでもキッチンを占拠しているわけにはいかないから、さっさと後片付けをしないと。
「どうするの、それ」
「自分で食べる」
「じゃあちょっとちょうだい」
「いいけど、ガイもエドヴァルドが探しに来る前に部屋に戻ったら?」
「う……。そうする」
小分けにして何枚か持って行ったガイラルディアを見送って、私は鉄板を濡れたふきんで掃除した。細々したものは焼いている間に片付けたから、あとはコックを呼んで何をすればいいか聞こう。

「甘いにおいがしますね」
ヴァンデスデルカは出会い頭にそう言った。私は「そうですか?」ととぼける。
「ヴァンデスデルカは甘いものが好きでしたか?」
「人並みには食べますよ」
「では、今度お菓子を買いに行きませんか」
素人の手作りより、ヴァンデスデルカ本人の好みを聞いてプレゼントした方が日頃のいたわりになるだろう。そう尋ねると、ヴァンデスデルカは眉を下げて微笑んだ。
「やはり私にはくださらないのですか?」
「……」
一瞬意味がわからなくて、それから私は胸の内で叫んだ。謀ったな、ガイラルディア!
「なんのことですか?」
「お嬢さまがいい匂いをさせている理由のことですが」
「知りません」
だって、だって。ガイラルディアめ、どうせもうヴァンデスデルカに食べさせてしまったんだろう。二人ともそうするなら、黙ってくれてたらいいのに!
「おいしかったですよ」
「知りません!ヴァンデスデルカのうそつき」
ごくごく普通のクッキーだ。まずくはないが、おいしくもない。ヴァンデスデルカはお世辞ばっかりだ。
「レティシアさま、拗ねないでください。今度はレティシアさまの好きなお菓子を買いましょう」
「そういうことじゃありません!」
足早に逃げようとするとヴァンデスデルカは追いかけてきてそんなことを言う。私が拗ねているとわかるなら放っておけばいいのに。部屋までついてきたので諦めて、私はヴァンデスデルカを入れてあげたけどクッキーは分けてやらなかった。

ちなみにこの後ガイラルディアを問い詰めると、ヴァンへの日頃のお礼!とニコニコしていたので私は脱力したのだった。


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