夢のあとさき
30

王都メルトキオはハッキリ言ってシルヴァラントとくらべものにならないくらいに栄えていた。私が知る最も大きな町、パルマコスタよりも広く、立派な都。城壁がそびえたっていて、威圧感がすさまじい。
しいなは私たちが王都に入る前に別れてしまった。しいなにもしいなの立場があるらしい。王への手紙を持たせてくれたのだが、これだけでスムーズに王に謁見とかできるのかな。心配だ。

さすが繁栄世界の王都というべきか、色々な人がいる。心をなくしたままのコレットは他人にぶつかってもおかまいなしで、そのせいでちょっとしたトラブルが引き起こされていた。
「あ、あぶないわね!」
「何ぼーっとしてるのよ!?」
「まあまあ、おさえておさえて俺さまのかわいいハニ〜たち♥そこのク〜ルな彼女〜、怪我はない?」
数人の女性に囲まれていたのは赤い髪の青年だった。ずいぶんと整った顔立ちをしている。
「女たらし……ってやつ?」
「レティ。思っても言わない方がいいわ」
「はい」
リフィルに言われて口を噤んだ。コレットのことを心配してくれてるから悪い人間ではなさそうだけど。あ、ロイドが喧嘩売りはじめた。確かにコレットはかわいいし。
「ま〜ま〜、落ち着けって。彼女、怒ってるの?キミって笑ったらきっとひまわりみたいにキュートなんだろうな〜♥」
しかし青年は喧嘩を仲裁しながらコレットに近づく。ま、まずい。この男命知らずか!?
「コレット!」
慌ててとめようとしても時すでに遅し。コレットは青年をぶん投げてしまっていた。
だが驚くべきことはそれで終わりじゃなかった。青年はくるりと空中で身を翻し、華麗に着地したのだ。
私はコレットの手を恐る恐る握る。これくらいなら大丈夫っぽい。青年は投げられてもまあ平気だったとして、ホイホイ人を投げられたらたまらない。特にコレットを睨んでいる、青年と一緒にいる女性たちとか。
「あ、あんたは一体……」
「野郎はどーでもいいや」
ロイドが思わずといったふうに尋ねるが、青年は心底どうでもよさそうだった。男にはとことん興味がないタイプ……、やはり女たらしかな。
青年はリフィルをゴージャスともてはやし――まあ、リフィル美人だし、わかる――そして何を考えたのか私の方にも話しかけてきた。
「と!凛々しい剣士ちゃん!お名前は?」
「……」
流れ的に名乗らない方がいいんだろう。ため息を飲み込んだ。
「人に名前を尋ねる前に自分が名乗るべきだろう」
「あ、ロイドのまねっこ」
「……人が言ってるのを聞くとえらそうなセリフだな」
もっともです。
「おっと、俺さまをご存じない?これはこれは、俺さまもまだまだ修行不足ってことだな〜」
青年はそう言って女性たちに促されると去っていった。最後に「じゃあまたどこかで。美しいお姉さま♥とかわいい天使ちゃんと剣士ちゃん、その他大勢さんよ〜」という言葉を残して。……その他大勢の方が少なくない?
しかしあの身のこなしとエクスフィアを装備していたことを考えるとあの青年、ただものではないのだろう。なんだかなあと思いつつ、とりあえず街の奥へと向かった。

城には着いたものの、王と会うことは簡単にできなかった。どうやら今王は体調を崩しているらしい。仕方なしに詳しい事情を聞きに隣の教会に行くと、ジーニアスと同じくらいの女の子が丸太を運んでいるのが見えた。随分と力持ちだと思ったが、エクスフィアをつけてるせいだろうか。
「……かわいい」
ジーニアスが呟く。ああいう子が好みなんだね。
先ほどの少女、プレセアは王の病気回復を祈る祈祷に使う神木を運ぶ役目をしているらしい。そして祈祷は王の寝所で行われる。それを聞くとロイドは嬉々として言った。
「みんな!国王に会う方法が見つかったぜ」
「何?どうするの?」
「神木を運び込むフリをして潜入するんだよ」
そんなことだろうと思ったよ。
私たちはプレセアを追いかけて事情を話す。何が琴線に触れたのか、彼女は協力してくれることになった。
「それ……運んでください」
「よ、よし!任せとけ!」
運び屋として使ってくれというロイドにプレセアは神木を指し示す。無表情で返事をなかなか返してくれない彼女にロイドは慣れない様子だったが、慌ててジーニアスと神木を持ち上げようとした。
「こ、これ、重……」
「何やってるの?ん……っと、確かに重いな……」
ロイドとジーニアスではびくともしなかったので手を貸すと、ずっしりと重さがかかってくる。運べないというほどではないけど、これプレセア一人で運んでるのか。プレセアは私を見て自分も運び始めた。
「男として……自信がなくなってきた」
「ボクも……」
二人はなんだか凹んでる。なんだろう、持った時の重心のバランスが大事、的な?
城の門番に話しかけられたときは少し緊張したが、プレセアの受け答えのおかげで無事に中に入ることができた。さて。
「よし、じゃあ王さまの寝所ってとこを探そうぜ」
「プレセアはどうするの」
「そうね。彼女だけに帰られては不自然だわ。一緒に来てもらいましょう」
「お願いできるかな?」
プレセアは無言でうなずいた。うーん、確かに困るんだけど……プレセアに迷惑がかかったりしないかな。彼女を見ると無表情で着いてくる。不自然なくらい表情のない女の子だった。
しかたない。優先順位を今度こそ間違えてはいけないのだ。

王城は広く、王の寝所を探すのには少し時間がかかった。とはいえ、リフィルが「奥の方にあるでしょうね」と見当をつけてくれていたは助かった。
王の寝所の前には当然だが衛兵が立っていた。教皇の命令で来たのだというと確認すると部屋に入ろうとした騎士を後ろから殴りつけて気絶させてしまう。
そのまま寝所に入ると、何人かの男女が立っていた。
「何事だ!」
「……あれ?おまえら」
その中には先ほど街で会った赤毛の男性の姿もあった。貴族だったのか……いや、貴族どころではないだろう。
「あ!アンタ、街で会った……」
「神子、知り合いですかな?」
真っ先に叫んでいた男性が言う。神職者の格好をしているので、恐らく教皇だろう。
「神子ぉ?」
ジーニアスが素っ頓狂な声を上げる。まさか、彼が神子だったとは。私も驚きだった。
その後、テセアラの神子のとりなしで無事国王に手紙を渡すことができた。別室に案内されてしばらく待たされる。さて、返答はどんなものだろうか。
「ずいぶん待たせるな」
「私たちを始末しようと準備しているのかもしれないな」
「そうね。彼らにとってコレットは邪魔な存在でしょうから」
リフィルが頷く。ますます巻き込まれたプレセアに申し訳なくなるが、彼女だけでも無関係だと証明できればいいんだけど。
その想像はあたって、部屋に入ってきた教皇によりコレットが討ち取られそうになるが、騎士たちは大したことなかったのが幸いだった。あっという間に撃退されて、一部始終を見守っていたテセアラの神子が肩を竦める。
「ほらみろ。だからオレが言っただろ。エクスフィアを着けてるんだ。こいつらは強いに決まってる」
そして――同じくエクスフィアを着けているこの神子も強いのだろう。私は剣の柄を握ったまま彼を睨んだ。
「どうかしら。取引をするのは」
武力を見せつけたことで教皇に隙が生まれる。そこにリフィルが取引を持ちかけた。
コレットが天使にならなければシルヴァラントは救われない。言っていることは事実だ。教皇はシルヴァラントを見捨てると言っているに等しい私たちに疑いのまなざしを向けたが、結局テセアラの神子が監視するという条件付きでテセアラを旅する許可が下りた。
とりあえず胸をなでおろす。テセアラの神子とは教会で合流することになり、私たちは部屋から解放された。


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