深海に月
19

星喰みを斃す。どうして同じ目的を持つ剣持つひとと協力できないのか――その疑問は町に戻ってから答えが明らかになった。
塔が現れたのだ。そう――あれは、タルカロンだ。始祖の隷長に対抗するための兵器。その塔の周囲に展開された術式は、周りの住民の生命力を奪うものだった。
「なあレティ、デュークはレティから奪った力で星喰みを倒すつもりだって言ってたよな?」
ユーリさんに尋ねられる。このままだと、タルカロンのある大陸に住むひとたちの命が危ういのだとみんな焦っていて、ユーリさんは剣持つひとを止めるつもりなんだと思う。どれくらい時間があるのかを知りたいのだとわかった。
「……剣持つひとは、あれだけでは不十分だと理解した、です」
「でもオーマは倒せるって言ってたよな?」
「効率が異なります」
「効率?」
わたしは頷いた。媒介が違う。剣持つひとの剣と、オーマが使っていたザウデの魔導器。あの二つでは力の変換効率が異なるのだ。ザウデの剣は満月の子の力を喰らって動くもので、つまり満月の子の力を最大に引き出せるように調整されている。
そもそも、わたしが「街」でしてきたのは、ひとの亡骸から残った力を奪うことだった。生きている人間と比べたら、それは微々たるものだ。千年もの間蓄積してきたとはいえ、剣持つひとの剣では足りないんだと思う。
ということを説明すると、ユーリさんは唸って考え込んだ。
「リタ、明星壱号じゃ足りねえんだろ?」
「ええ、このままだと精霊の力が足りないわ。修理してもそれだけじゃ駄目ね」
「ええ?あんなにすごい威力なのに!?」
リタさんの答えにカロルさん――凛々の明星の首領であるというひとが驚く。明星壱号ってなんだろうと思ってフレンを見上げると、「ユーリたちが来たときに魔物を追い払ってくれた装置だよ」と説明してくれた。
そもそも、エステルたちは星喰みを倒すために精霊の力を借りようとしていたらしい。精霊というのは、エアルを物質に変えることができるのだとか。星喰みはエアルから生まれたものなので、精霊の力が十分にあれば星喰みを倒せるという。
でも、今は十分な精霊がいない。精霊は聖核から転生したものなので、その聖核のかけらである魔核全てを精霊に転生させることで星喰みに対抗する――それが凛々の明星の考えのようだ。
つまり、魔核がなくなり、魔導器が使えなくなるということだ。
という話をするために、ユーリさんはヨーデルやギルドの人たちをこの町に呼びたいと言い始めた。魔導器のない世界の話をするために、結界魔導器のない町に呼ぶ。そういうことだろう。

そんなわけで、凛々の明星の人たちはギルドと戦士の殿堂のリーダーを呼びに行き、フレンはヨーデルに連絡をつけに行った。
一方で、わたしにできることは特にない。町はカウフマンさんという、幸福の市場のリーダーの指示により着々と建設が進んでいて、その警護をする騎士団の手伝いをするくらいだ。
「悪いですね、お嬢さん」
騎士たちの哨戒についていくとそんなことを言われる。あの、オーマが現れたときに向けられた視線を思い出すと恐ろしかったけれど、拍子抜けすることに、騎士の人たちのわたしに対する態度は大して変わらなかった。
気にしているのはわたしだけなのか。でも、わたしは思い出してしまったから、やっぱり他の人たちとは違うのだ。
それを隠すことは息がつまる。「街」にはもう戻れなくって、「外」で生きていくしかないとわかっていても、たまに無性に心細くなる。
「役に立つ、するの、約束ですから」
せめてできることだけはしようと思っていた。治癒術師は少ないので、こうして結界のない町を守るのを手伝うとか、そういうことだ。すると騎士の人は苦笑した。
「まだ子どもなんですから、無理はしなくていいんですよ」
「そうそう。役に立つって言うんならわざわざついてこなくたって、町の中で待っててくれて構いませんのに」
頭の上に手がかざされて、わたしは思わずびくりと固まった。すると騎士の人は目を丸くして、「ああ、すみません」と手を退ける。
「ついね、姪っ子がいますもんで」
「おいおい、レティシア様は殿下のとこのお嬢さんだぞ。お前の姪と一緒にするなって」
茶化すように流されてほっとする。わたしが大人の男性があまり得意でないのをわかってくれたみたいだ。気遣ってくれたのだろうと考えると申し訳ない気がしたけれど、苦手なものは苦手なので仕方ない。
わたしは軽く首を横に振って、騎士の人を見上げた。
「ええと、待機する、間に合わない、困るです」
「そうだとしても、前線に出るのは騎士の仕事ですから。お嬢さんを前線に立たせた時点で俺たちは騎士失格ですよ。なあ?」
そう呼びかけた人にほかの騎士の人たちも頷いた。そうなのかな。人手が足りないのはみんなわかっていることなのに。
「ま、フレン団長の役に立ちたいって言うのはわかりますけど」
「……?フレンだけじゃないです」
それもあるけれど、フレン以外のひとの役にも立っているはずだ。なんでわざわざフレンのことを言うんだろう?
首を傾げてみたが、騎士のひとたちは聞いているのか怪しく、好き勝手にしゃべり始めた。
「まあまあ、レティシア様も隅に置けないですねえ」
「エステリーゼ様は案外あのギルドにご執心だしな。悪いお方じゃないんだが、ギルド寄りだよなあ」
「もともと評議会側の候補だったと思えばまともだろう。評議会側の人間がギルドと仲良くなるなんて想像もつかないけど」
「ユーリのやつのせいだろ?あいつが何しても今更驚かねえっつーか、いややっぱり驚きだわ」
「ユーリってあの長髪の兄ちゃんか?知り合いなのか、アグエロン」
ユーリさんの知り合いらしい騎士の人がユーリさんが騎士団にいた頃のことを話し始めるのに耳を傾けながらあたりを見回す。魔物の気配はないから、おしゃべりをしていても大丈夫だろう。
それにしても、ユーリさんが騎士だったというのはどれだけ話を聞いてもやっぱり想像がつかなかった。


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