夢のあとさき
27

天使というのだから苦戦すると思ったが、レミエルは存外に大したことはなかった。――これで、終わりなのか?
レミエルを撃破して、ロイドがコレットに呼びかけるが返事はない。こちらを一瞥すらしない。
「コレット……本当に俺のこと、忘れちまったのか?」
「無駄だ。その娘には、おまえの記憶どころかおまえの声に耳を貸す心すらない。今のコレットは死を目前にしたただの人形だ」
答えたのは――クラトスだった。
コレットと先に塔に向かったはずのクラトスが、ここで出てくるとは。嫌な予感がした。
その予感は的中して、クラトスは静かに言葉を続ける。
「神子は世界の再生を願い、自ら望んでそうなった。神子がデリス・カーラーンに召喚されることで、初めて封印はとかれ、再生は完成される」
「クラトス……?どういうことだ!」
「おまえたちもそれを望んだ。神子はマーテルの新たな体としてもらい受ける」
「そういうことなのか。クラトス……あなたは」
「どういうことなんだ!クラトス……答えろ!」
私とロイドの声が重なる。きっと、ロイドは認めたくないんだろう。分かっていても――クラトスが裏切ったことなど。
レミエルが不意に呻く。彼はクラトスへ慈悲を求めるが、与えられた返答は冷たいものだった。
「忘れたか、レミエル。私も元は劣悪種……人間だ。最強の戦士とは、自身が最も蔑んでいた者に救いを求めることなのか」
「ぐ……っ」
クラトスは、人間だった……のか。レミエルは事切れ、クラトスはコレットに近づく。ロイドがコレットを庇うように立ちふさがるのに私も祭壇を駆け上った。
「そこをどけ」
「クラトス……おまえは一体何者なんだ」
ロイドが尋ねる。答えは、もう分かっていた。
「……私は世界を導く最高機関クルシスに属する者」
クラトスの手にあるエクスフィアはこれまでと違うものだった。背から光が広がる。翼のように、美しい光がきらめいた。
「神子を監視するために差し向けられた四大天使だ」
剣を構える。もう、戦うしか道はなかった。

クラトスは強い。それは私たちの誰もが知っていた。
同じ天使だとしてもレミエルよりもずっと格上だろう。私とロイドで前衛に出て剣を振るう。しいなは召喚術も交えてサポートしてもらい、リフィルに回復役、ジーニアスは遠距離攻撃を任せていた。
それでも勝ち目は薄いくらいだ。目で追って考えていては遅い。体で反応させる。技の合間を見極めて刃をいなす。
知っている剣に相対する。私は歯を食いしばった。
「……っ!」
「とどめだ!」
ロイドの剣が猛攻に膝をついたクラトスの首に届くと思われた。だが、それは不意に降ってきた光に阻まれる。
金髪の天使。頭を垂れたクラトスに、その男はユグドラシルと呼ばれた。
「哀れな人間のために、教えよう。我が名は、ユグドラシル。クルシスを……そしてディザイアンを統べる者だ!」
ただものではないと一目でわかる。襲い掛かってくるその男の一撃は重く、衝撃波で簡単に吹き飛ばされてしまう。衝撃に呻いて、体に力が入らない。顔を上げるとユグドラシルが見た事もない剣を手にしていた。
「クラトス、異存はないな?」
「……」
彼は何も言わない。私は腕をついて震える膝を叱咤した。
ユグドラシルの剣の向く先はロイドだ。私たちもただでは済まないだろう。そう考える前に、無様に走り出した。
「さらばだ」
「ロイド!!」
倒された柱を背にするロイドに向かって、一直線に走る。向かってくる衝撃に身構えたが――それが訪れることはなかった。
「……!……!」
声が聞こえる。聞いたことのある声だ。意味を拾うことはできなかった。ただ、助けが来たと言うことだけは分かった。
誰かに体を支えられて、私たちはその場を去ったのだった。



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