夢のあとさき
25

ハイマに着くと私たちは真っ先にピエトロの居場所に向かった。彼の呪いを治すためだ。
彼からは「ディザイアンがエンジェルス計画によって何かを復活させようとしていること」「魔導砲という武器を作っていること」を聞くことができた。エンジェルス計画は私と母のエクスフィアに関連するものだ。エンジェルスというと、天使が連想されるが――ディザイアンと天使に何の関係があるのだろう。それともただのコードネームか。

ピエトロを治したあと、みんなは宿の外に出ていった。救いの塔への道のりを相談するためだ。でも私だけは部屋に閉じこもって鞄から紙束を引っ張り出していた。
時間がない、ここからマナの守護塔までどれくらいだろう。山を越える必要があるからすぐじゃないはずだ。けれど道中にこうやってゆっくり考える時間はきっとない。
コレットを救える手だてを探さないと。マナの守護塔や各地の遺跡で集めた情報を書き連ねた束を必死に捲る。マナを増やす方法なんて簡単にあるはずないけど、それでも何かしていないと焦ってしょうがなかった。
そうしていると部屋のドアがノックされる。返事をするとリフィルの声が聞こえてきた。ドアを開けて彼女が入ってくる。
「レティ、明朝に救いの塔へ行くことが決まったわ」
「……え?」
「竜を借りれることになったのよ。それで、塔まで向かうわ」
「うそ、うそだ……もう、私は……」
立ち上がるとよろめいて机にぶつかってしまう。ばさばさと紙が机から落ちていくのも気にしていられなかった。
「コレットは、もう、……間に合わないというの!?」
「レティ。しっかりして。つらいけど……これはコレットが選んだことなのよ」
「いやだ!リフィル、どうにかできないの!?時間はもうないの!?ねえ、お願い!お願いだから……」
リフィルに抱きしめられて背を撫でられる。取り乱していた気持ちが落ち着いてきたけど、やっぱり冷静でなんていられなかった。ぐすぐすと鼻を鳴らして、私は自分が泣いていることに気がついた。
「わたし、私どこでまちがえたの?もう、どうしようもないの?コレットは……死んでしまうのに」
「あなたは間違えてなんていないわ。レティ、自分を責めないで。誰にもどうしようもなかったことなのよ」
「違うよ!私はおかしいって知ってるんだ!知ってて、なにもできないんだ……」
リフィルの腕に縋り付く。言ったってリフィルが何をできるわけでもないと知ってるのに。リフィルだってコレットが死ぬということを平常な心で受け止めているわけではないだろう。そんな彼女に縋る自分がずるいと知ってたけど、そうせずにはいられないくらい私は弱かった。
「コレットは……コレットが、逃げてくれたら、いいのに……」
「でもね、レティ。あなたは自分が犠牲になると救われたと知っている世界でコレットが何も感じずに生きていけると思うの?」
「……死ぬよりはましだ。死んだら何もできない。コレットは止めないでって言ってたけど、私は、止めたいよ……」
十六年後に死ぬ運命を受け入れて生きてきた神子。幼いころから聞かされていたその短い運命にコレットはなにを思ったのだろう。諦めかもしれない。一番嫌だと叫びたいのはコレット自身かもしれない。
でも、やっぱりコレットは――自分を犠牲にしてもいいと、思ってしまっているんだ。
「レティ、つらいなら残ってもいいのよ」
「ううん。こんなところで放り出したくない。ありがとう、リフィル。ごめんね」
「私こそ何もできなくてごめんなさい」
リフィルは私より大人だ。私みたいに、こんなに泣き喚いたりなんかしない。つらくても、その顔を私には見せてくれなかった。
「コレットはどうしてる?」
「ロイドが一緒にいると思うわ」
「そっか……」
私はリフィルから離れると散らばった紙を拾い集めた。それをリフィルも手伝ってくれる。
半年間では何もできなかった。私の間違いはどこから始まっていたのだろう。
……コレットを救うと、決めたときから?そうは考えたくなかった。

夜、ロイドも随分と落ち込んだ様子だった。ロイドはきっとコレットが死んでしまうということを知らない。それでも天使化の過程で人間らしさを失っていくコレットに心を痛めている。
「姉さん」
夜風に当たりたくて宿の外でぼうっと立っているとロイドに声をかけられた。私はゆっくりと振り向く。
「俺、このままでいいのかな……」
「ロイド。いいと思ってないから聞いてるんだよね」
「そうだな」
真剣な瞳でロイドが私を見る。
「クラトスに言われたんだ。俺は、神子にすがってるって。だからこの結末は当然だって……」
「……」
「再生の旅が正しいと信じてた。でもコレットがあんな風になっちまったんだ。もう正しいとは思えないよ。テセアラのことも聞いてさ、本当にコレットが天使になったら全部解決するのか?」
「わからないよ。少なくともシルヴァラントは救われる。それは歴史が証明している」
テセアラのことに関しては知ったばかりでわからないというのが本音だった。私もロイドの欲しい答えは持っていない。私たちの求める答えは同じで、そしてロイドと私の辿ったどちらの道でも手に入れなかったものだ。
「姉さんは俺と違うだろ、なにか、わかんないのかよ……」
ロイドの言葉にどこか傷つく自分がいた。私はロイドを見つめる。震える唇を開いたら大好きな弟に暴言を吐いてしまいそうだった。八つ当たりだとわかってるのに、そうしたくなってしまう。
私にはもう余裕がなかった。自分はリフィルに甘えたくせに。同じことをされたら耐えられないなんて、酷い人間だ。
そんな私を見てロイドがハッとした顔をする。
「……っ、ごめん、姉さん。何かわかってたら姉さんが何もしないはずなかったよな……。俺、最低だ」
「……ううん。ロイド、もう寝よう」
「そう……だな」
二人で宿に戻る。
私はどんな顔をしてコレットを見送ればいいんだろう。寝る前はそんなことばかり考えてしまっていた。


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