リピカの箱庭
69

「ねえ、それだったらどうしてヴァンはそのファブレ公爵の息子のレプリカを作ったんだと思う?」
イオンがその疑問に行き当たるのは当然だ。アリエッタが話に入れなくてむくれているので手短かに済まそう。私から言えることも少ない。
「それはわかりません。ですが、確実なのは利用価値があるということでしょう。アッシュという者を手元に置いていますし」
「さすがのあんたも理由までは分かんないか。まあそうだよね、会ったこともないんだし」
会ったことは実はあるけれども。彼は名乗りはしなかったので、会ったというほどでもないか。
「アリエッタはあの赤髪の男から何か感じた?」
「ママの仇、許しません」
きっぱりとアリエッタは言い切る。しかし、彼らの行動が間違っていたとは言えないのが辛いところだ。私だって同じ状況ならライガを討伐するだろう。私は人間側で、アリエッタは魔物側。立場が違うのだから当然と言えば当然だ。
「アリエッタ。現時点で彼らを殺めてはなりません」
「どうしてですか!」
「利用価値があるからです」
それでも、アリエッタにとっては母親の仇なのだ。仇を討ちたいという気持ちはわかる。とはいえ同情だけしていればいいわけでもない。なので殺した場合のデメリットを簡単に説いておこう、彼女が人間として生きることをやめるのかどうか、それは私が迫ることではない。
「今のアクゼリュスから無事に住民を避難させるには、彼らの働きが必要なのです」
「……障気から、避難するのに必要なんですか?」
「そうです。彼らが無事使者としての役割を果たしてくれなければ、住人はここからどこへも行けず障気の中で死に至ります」
「そうしたら、伯爵さま、困りますか?」
アリエッタは一応私の立場というものを理解してくれているらしい。土地を治め、民を治める貴族にとって民が死ぬのは損失だ。私は深く頷いた。
「ええ。非常に困ります」
「でも、利用価値がなくなったら殺してもいいですか?私は許せないです。ママが殺されたこと……」
私はちらりとイオンに視線をやった。彼がどういう立場なのか知りたかった。イオンはただ無言でじっとアリエッタを見ていて、もしかしたらどう声をかけていいのか分からないのかもしれない。今、初めてアリエッタとの溝を感じているのだろうか。普通の人とは違う、魔物に育てられた彼女との。
「許さずともよいのです、アリエッタ」
もし、本当に仇を取ろうとするのなら。アリエッタはきっと死ぬだろう。死ぬ気でかかってくる相手を殺さずに済むほど甘くはない。アリエッタがそうするのなら止めなくてはならないが、これは一つの試金石だ。
全てが終わった後にアリエッタが仇討ちをするかどうか、もし魔物として生きるのならば彼女は街では暮らして行けない。そのリスクを、街を治める側としては看過できない。
「殺めてもよいかは私が決めることではありません。先ほどのは『お願い』です。とはいえ、あなたがこの街の救援を邪魔をしようとするのなら私は止めなくてはなりません」
「伯爵さまが止めるなら、……殺せないです。わかりました」
渋々ながらもアリエッタは現時点での仇討ちは諦めてくれたようだ。しかし、ライガクイーンのことまでは手が回らなかったな。アリエッタがあの場にいたら一緒に殺されていたかもしれないので、最悪の状況にはならなかったことが救いか。彼女の母親が死んだというのに、魔物というだけで私も薄情なものだ。
「では、この件についての話は終わりです。そういえば物資は今回は運ばなかったのですね?」
「うん、急いでたからエンゲーブに置いてきちゃいました」
「足りないわけではないので大丈夫ですよ。しばらくは街で休んでいなさい」
「はい。……イオン様?」
アリエッタは頷きながら、黙り込んだイオンに首を傾げた。イオンは考え込む様子で俯いていた。
「……キムラスカの王族?」
ぽつりと呟きが聞こえた。
「ノイ、どうしました」
「あのさ、そのファブレ公爵の息子の名前知ってる?」
「え?ええ、ファブレ公爵の一人息子の名前なら、ルーク。ルーク・フォン・ファブレですね」
「ルーク……」
それがどうかしただろうか。アリエッタと顔を見合わせてみるが、彼女も見当はついていないらしかった。イオンはぱっと顔を上げると「わかった」と口にした。
「ちなみに、カーティス大佐ってのは強いんだよね?どれくらい?」
「カーティス大佐ですか?はあ、まあ……軍功で言えば相当なものですよ。巷では死霊使いと言われています」
「ああ、死霊使いジェイドね。そいつがいて、導師はまあいいか。アリエッタ、行くぞ」
「はい、イオン様」
急にカーティス大佐のことを気にしてどうしたんだろう。もしかしてイオンも仇討ちに積極的なのか?まあ、さすがに今の話を聞いていたらアクゼリュス救援前に彼らに仕掛けるということはないだろうけれど。動向に注視するようにヒルデブラントあたりに伝えておこう。


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