夢のあとさき
23

マナの守護塔の鍵はまだ見つかってなかった。しかし一休みするために向かったハイマで、私たちは運良く鍵を見つけることができた。
持っていたのは、異形のモノだった。話を聞くとあれは――パルマコスタのドア総督の妻らしい。
同じだった。お母さんの最期と、同じ姿をした怪物。エクスフィアを無理やり剥がされるとああなってしまうらしい。
「クララさん、大丈夫かな」
コレットが彼女を思って言う。もともと人だったとはいえ、見た目は化物なのだ。ハイマでも冒険者に追い詰められていた。放っておくとまたあんなふうに攻撃され捕らえられ、殺されてしまうかもしれない。
もっともその前に彼女に殺される人もいるかもしれないけど。
「私たちにできることは一刻も早くクララさんを助ける術を見つけることよ」
「うん、そうだね」
リフィルに言われてコレットが頷く。ボルトマンの術書、あれには本当にエクスフィアに侵された人たちを助ける術が載っているのだろうか。
私は自分の左手を見下ろす。要の紋を奪われてそれなりに時間が経ってしまった。このままだと私もピエトロのようになるんだろうか。まだ、大丈夫だと言い聞かせてきたけど、でも……。
「レティシア」
クラトスに声をかけられて私は振り向いた。
「なに?」
「おまえは、要の紋をどこにつけているのだ」
ちょうど考えていたことを指摘されて心臓が跳ねる。私は慌ててコレットたちから距離を取った。
「レティシア」
「その、えっと……ちょっとなくしてて」
クラトスには嘘をついてもすぐばれる気がしたので正直に言ってしまう。彼の眉間のしわが深まった。
「人間牧場でとられたのか」
「……うん」
「なぜ言わない」
「少しなら、なくて平気でしょう。……もうすぐコレットの旅も終わってしまう。最後までついていかなきゃいけないから、みんなには言わないで」
旅の終わりなんて考えたくないけど、文献で読んだ封印の数を考えるとおそらくマナの守護塔と救いの塔に行けば終わってしまう。時間があまりにない。要の紋が必要なら親父さんのところまで戻らなきゃいけないのだから。
クラトスは難しい顔をして私を見下ろしている。私は自分のエクスフィアを隠すように右手で左手を握った。
「おねがい、クラトス」
「……エクスフィアに侵されたらどうするつもりだ」
「私は大丈夫かもしれない。でもコレットはそうじゃないんだ。封印を解放し終わってしまったら、もう手遅れになってしまう……」
優先順位が違う。私は唇を噛んだ。
「私は今私にできることをしなきゃいけない」
「……それがお前の道か」
「そう、だね」
「なら好きにするといい」
クラトスはそう会話を終えた。私はその言葉を噛みしめる。
私の道、か。何一つわかっていないのに、何一つ解決策も見出せないのに、そんなふうに言ってしまっていいのだろうか。私は間に合うのか?私のしてきたことは無駄ではないのか?
でもやらずにはいられない。やらなかったら私は一生自分を責めるだろう。コレットを見殺しにしたのは自分なのだと、そう思ってしまう。
力も時間も足りない。私は無力だった。この選択が間違いだとは思わないけど、結果の出せない足掻きになんの意味があるのだろう。
誰かにすがりたくなる。解決策を持つ、私ではない、誰かに……。
「……ユアン」
心当たりはあの男しかいなかった。
でも、ユアンに私から会うことは難しい。教えてくれるかどうかもわからない。どうしたらいいのだろうと途方にくれるしかなかった。

マナの守護塔では仕掛けがあり、三人と四人に分断されて塔を進んだ。分光器で光を任意の場所に当てるという仕掛けを解いて最深部までたどり着く。
話には聞いていたが、封印を解放するには襲ってくる魔物のようなものを倒さなくてはいけないらしい。見た感じ精霊ではないだろう。ウンディーネとは雰囲気も違う。
だが、魔物を倒した後に微かに話しかけてきたのは精霊のように思えた。あれは、なんだったのだろう。アスカと言っていたが、アスカとは誰だ?
そんな疑問を浮かべている間に天使が降りてくる。白い翼に聖職者のような格好をした天使。翼の形はずいぶんコレットと異なるのだなと思った。
「ようやくそなたの旅も終わりを迎えようとしてる。喜ぶがいい。今こそ救いの塔への道は開かれる!」
天使――レミエルが言う。ああ、と思った。本当に、あとは救いの塔へ向かうのみになってしまったのか。
コレットが返事をしてレミエルは洗われたときと同じように光となって霧散する。羽が舞う光景は美しい筈なのに、どうしてか悪寒がした。
「ようやく終わりが見えたな。救いの塔へ向かおう」
クラトスが冷静に言った。言葉が痛いくらいに突き刺さる。
「……本当にいいの?コレット」
「……はい。だいじょうぶです」
大丈夫なわけがないんだ。ロイドが横で「……くそっ!」と吐き捨てたが、私も同じ気持ちだった。


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