深海に月
11

フレンと一緒に歩くとたのしい。わたしの歩幅に合わせてくれるフレンは、お城の裏口から出ると声をかけてきた。
「レティシア、どこか行きたい店があるのかな?」
「んー。お店、知らないです」
「じゃあ僕が案内しよう。いいかな」
「うん!」
エステルとお城から下町に通っていたときも外で買い物なんてしなかったからどこに何があるのかは分からない。でも、フレンが案内してくれるというなら安心だ。わたしは嬉しくなってつないだ手を揺らした。
「フレン、お買い物いく、よくするです?」
「最近は行かないな。部下ができてからは特にね。騎士団の物資なんかは商会と直接契約を結んでいたりするから」
だから、とフレンは微笑んだ。
「こうやって買い物のために帝都を回るのは久しぶりかな」
騎士というのはそんなに忙しいものなのか。買い物に行くのが息抜きになるかは分からないけど、できるだけフレンにも楽しいと思ってほしい。
「フレンの行きたいところ、行きます!」
「はは、でも便箋は買わないとね」
拳を握ったけどさらりと流されて、向かったのは下町に近い雑貨屋さんだった。木製のドアを開けるとからんからんとくぐもったベルの音が響く。店の中は魔導器のオレンジの光で照らされていた。
雑貨屋さんなので便箋以外にも色々あって目移りしてしまう。キラキラと光を反射するガラスペンとか、花のかたちの髪飾りとか、革紐のブレスレットなんかが置いてあった。そのうちの一つの空の色の――フレンの瞳と同じ色の綺麗な石に目を奪われる。いいなあ。でも、と頭を横に振った。
当初の目的を思い出して視線を巡らせる。そして店の一角に色とりどりの紙が並んでいるのを見つけて覗き込んだ。
「種類、たくさんです」
形もいろいろあるし、絵が書いてあるものもある。便箋ではなくカードになっているものもあった。どれがいいかなと考えながらふと、目に留まったものを手に取った。
桃色の紙に、白く花が描いてある。これは確か、エステルの部屋の図鑑で見たことがある花だ。
「ルルリエ……」
「よく知ってるね、レティシア。ハルルの樹に咲く花だね」
「見たことあるです?」
「少し前にハルルの街に行ってね。満開のところは見られなかったけれど……エステリーゼ様は見られたそうだよ」
へえ、エステルもハルルの街に行ったことがあるんだ。でも、確かにお姫さまだけどギルドの人たちと行動しているんだから不思議ではない。エステルが満開のハルルの樹を見ているならきっと好きだろうと思った。それに、桃色は――とくに「外」では、エステルの色だ。
「これにします」
フレンを見上げてから、わたしは自分がお金を持っていないことに気がついた。あっ、と声を漏らしてしまう。
「どうかした?」
「わたし……お金、所持ない」
どうしよう、せっかくフレンに連れてきてもらったのにこのままでは買えない。そもそもわたしはお金を手にしたことがなかった。買い物をしたことがないのだから当然だ。
フレンはそんなわたしを見て、喉を鳴らして笑った。
「フレン?」
「ふ、ふふ、いや、レティシアに出させようなんて最初から思ってないからそう残念そうな顔しないで」
「わたし、お金出さない?」
「そのために僕が付いてきたんだよ」
そうなのかな。でも、フレンにお金を出してもらうのはなんか違う気がする。エステルに手紙を出すのはわたしの勝手なのだから――そう考えたところでフレンはわたしの表情を見てさっと顔色を変えた。わたしはそれには気がつかず、硬貨を握らされてようやく思考から顔を上げた。
「この間、治療を手伝ってくれただろう?その対価だよ」
「でも、わたし、お金のため、治癒したじゃないです」
「そうだとしても君の行いで僕たちは助かったんだ。だから、その感謝の気持ちだと思ってほしいな。もちろん、それだけじゃないけどね。君の技術にはきちんと敬意と対価を払うべきなんだから」
そこまで言われると受け取らないのもおかしい、ような気がする。わたしは素直に硬貨を何枚か受け取った。初めて見た意匠のそれをまじまじと見つめる。多分、数字が書いてあるからそれだけの価値があるのだろう。
「フレン、ありがとう」
「どういたしまして。さ、買っておいで」
「うん」
促されてカウンターに向かう。どの硬貨を出せばいいのかわからなくてもたついてしまったけど、無事に買えてホッとした。
「フレン、遅くなった、です」
店の外に出て待っていたフレンのもとにようやく戻って見上げる。余ったお金はどうしようかと思って尋ねるとこれはもうわたしのものなので好きに使っていいと言われてしまった。うーん、じゃあどうしようかな。
「お城すぐ戻る、です?」
「そうだね、そろそろ戻らないと」
「だったら、また今度フレンの好きなところ行きます」
そこでフレンが欲しいものを買いたい。お金がたくさん必要なものは難しいかもしれないけど、食べ物とかなら出せると思うし。それにわたしもフレンの好きなものが知りたかった。
フレンが驚いた顔で瞬きをしていたので少し不安になって「だめ?」と見上げるとゆっくり首を横に振ったのが見えた。
「嬉しいよ。しばらくは忙しいかもしれないけれど、時間ができたらまた買い物に行こうか」
「うん!」
「……君はこうやって買い物をしたことがないのかな」
手を繋ぎながら尋ねられて首を傾げる。街では買い物をするという感じではなかった。みんなただ生きてるだけだ。オーマだけが目的を持っていた。そんな街にこの帝都のような活気はなかったし、手紙を出すこともしなかった。誰かと手を繋いで出かけることはしなかった。
「したこと、ない」
「そっか。……これからはたくさんできると思うよ」
「フレンとおでかけ?」
「僕だけじゃなくてもね」
フレンが慰めてくれているということは分からなかったけれど、エステルやラピードや下町のひとと一緒にいるのはきっと楽しいだろうと思った。


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