ラーセオンの魔術師番外編
花嫁は魔女-5

無事に式は終わり、披露宴も比較的穏やかに終わった。いや、私に向けられていた視線は穏やかなんてものじゃなかったけどそれはいいとしよう。以前パーティーで少し魔術を使っただけで魔女だなんて呼ばれていたけど、今回はどんな噂が立つのだろう。一周回って楽しみな気がする。
披露宴はワイルダー邸で執り行い、夕方には終了した。最後の食事会は身内だけで気が楽なものだ。シンプルなドレスに着替えて食堂に向かうと真っ先に声をかけてきたのはプレセアだった。
「レティシアさん!結婚おめでとうございます」
「ありがとう、プレセア。わざわざ来てくれたのも嬉しいな」
「はい」
血色のいい顔で微笑むプレセアは式と披露宴には招待できなかったが、リーガルが手配してくれたのでこの食事会には呼ぶことができた。今もオゼットの復興を手伝っている彼女であるが、メルトキオまで足を運んでくれたのは嬉しい。服は私が用意したワンピースで、いい生地を使っているのでフォーマルな場で着てもおかしくないだろう。
「あの、服もありがとうございました」
「どう?気に入ってくれたかな」
「はい。この刺繍って……」
裾に入っている刺繍をプレセアは撫でてこちらを見上げた。以前のスカーフと雰囲気が似ているから気がついたのだろう。
「前のとは少し違うけど、私が刺繍したものだよ。わかった?」
「やっぱりそうなんですね。ありがとうございます、こんな立派なもの」
はにかむプレセアに準備してよかったと思った。スカーフからはグレードアップしたので驚かせたかもしれないが、彼女によく似合っている。普段使いする用にハンカチもセットで用意したので存分に使ってほしい。
「おや、プレセアも来てたのかい」
「しいな。今日はありがとうございます」
「あんたが派手に魔術使ったときはたまげたけどね」
しいなは肩を竦めて苦笑する。ミズホの里の頭領として彼女は正式な招待客としても式に出席してもらっていた。
「ね、ほんとにスゴかったもんね。でも、レティシアさんが怪我しなくてよかったです」
そう言って微笑むコレットは当然というか、シルヴァラントの神子として参加してもらっていた。まだ彼女に神子という任を負わせるのは心苦しかったけれど、本人は「結婚式に招待されたのってはじめてです!」と喜んでくれていたのでよかったとしよう。
「しかしあのゼロスがとうとう結婚とは、年貢の納め時ってやつかね」
「浮気していたら、言ってください」
力強くプレセアは言うが、一体何をするつもりなのだろう。ちょっと怖い。
「ワイルダー卿にここまで言えるのはあの旅を共にした者たちくらいだろうな」
「お兄さまは浮気なんてなさいませんわ!きっと」
断定していないところが怖いが、セレスが頬を膨らませて言う。しかし、こうして見るとなかなかの女性率だ。リフィルやジーニアス、ロイドもこの食事会には呼びたかったのだけど居場所が分からずうまく捕まえられなかった。手紙は出したので運が良ければ結婚の報は伝わっているだろう。
「はー、俺さますごい言われよう。新郎だぜ?一応。もっと祝ってくれてもいいんじゃねえの」
「普段の行いってやつのせいさ」
「こんなに品行方正に生きてるのに。な、レティシア」
「うんうん、そうだね」
私の見ている限りはまあそんな感じだ。「あんた、ゼロスにそんな甘かったかい?」としいながうろんげに見てくるけどこちとら新婚なので諦めてほしい。

貴族の社交辞令に紛れた嫌味と皮肉と諸々の応酬ばかりしていた――私は何も言わずゼロスが相手をしていただけだったけど――披露宴と比べて食事会は本当に楽しかった。私もたいがい気心の知れた相手というのは少ないので、彼女たちが招かれてくれたのは大いに癒しになった。セレスとしいなの相性がそんなによろしくないと聞いていて気になっていたけど、今日のところは反発は見られなかった。私に遠慮してくれていたのかは知らないがとりあえず助かった。
招いた三人は泊まっていってもらって、リーガルだけは色々と忙しいようで先に帰ることになった。寂しいけど仕事があるなら仕方ない。彼は比較的会いやすい立ち位置にいるのだし。
「リーガル、今日は……いえ、今日だけじゃないですね。私たちのために尽力してくれてありがとうございました」
「何を言う、あなたが私のためにしてくれたことを考えると大したことではない。だが、その感謝はありがたく受け取っておこう」
玄関まで見送ってリーガルとハグを交わす。そこそこ飲んでいたのに全く変わらない顔色でリーガルは微笑んだ。
「今すぐには無理かもしれぬが、いつか本当の身内と思ってくれると嬉しいのだが」
「……そうですね。ここまでしてもらったんだから、もうそんなふうに思ってるかもしれません」
そう言って微笑みを返す。夫とも父とも兄とも違うが、彼もまたかけがえのない人だ。
リーガルを見送ってから玄関ホールでぼんやりとしていると「レティシア?」と声をかけられた。ゼロスだ。セレスの体調が悪そうだったので任せてしまっていたのだった。
「悪いな、旦那の見送り任せて」
「ううん。セレスは大丈夫?」
「少しはしゃぎすぎただけだな。ほら、俺たちも戻るぞ」
ゼロスに手を取られて寝室に向かう。もう夜も遅くて、それでも今日は人が多いのでいつもより灯りも多かった。みんなそろそろ客室で休んでいるだろう。明日には帰ってしまうと思うと悲しいけど、プレセアだけでもしばらく滞在してくれはしないだろうか。
「レティシア」
考え込んでいるといつの間にかゼロスの顔が目の前にあった。そのまま軽くキスをされて思わず目を丸くしてしまう。
「俺さま以外のことあんまり考えてると拗ねるからな」
「……もう拗ねてるように見えるけど」
「じゃあ拗ねてます」
そう言って抱きつかれてもう一度唇をふさがれた。今度は長くて、随分情熱的な拗ね方だ。私もゼロスの背に腕を回して背中を流れる髪を梳いた。
「な、レティシア」
唇が離れて、それでも吐息がかかるくらいの距離でゼロスが喉を震わせる。うん、と続きを促すとゼロスは静かに話を続けた。
「ごめんな。危険な目に遭わせてさ」
「それは、」
「わかってる。必要だったって言うんだろ?」
そう、必要なことだった。私もゼロスもリーガルも、全員が問題ないと判断したからそうしたのだ。
それでもゼロスが謝るのは、彼がそうしたいからなのだろう。間違ったことをしていないと分かっていても、許されたいという気持ちが消えないのかもしれない。
「でも、やっぱりあんなことないほうがいいんだよ。少しの危険もないほうがいい」
どんな危険があったって私はゼロスの隣を選ぶだろう。ゼロスがそれを気に病んだとしても、もう離れたくはないと思う。だからこれからは、その可能性が少しでも少なくなるように努力するだけだ。
力の誇示だってその一つだ。短絡的だけど効果的な方法を選んだ。変わっていく世界で、自分の身を守るために、大切な人を傷つけないように、持っているものは何だって使う。ゼロスも同じように権力という力を振るうだろう。そんなことをしなくてもいい時代のために。
「ゼロス。私はちゃんと選んでここにいるよ。それだけは分かってね」
「そうだな。……わかってる。ちゃんとな」
ゼロスを落ち着かせるために背中を撫でる。肩口に額を押し付けてくるゼロスは子どもみたいだった。こういうときは甘やかしてほしいモードなので、私はゼロスをベッドに座らせて存分に甘やかすことにした。
「式……あんたのウェディングドレス姿が見られたからよかった」
「私も、ゼロスの婚礼衣装姿が見られてよかったよ」
「セレスもかわいかった」
「うん、すごくね。一緒にいてくれて助かったし」
「しいなもコレットちゃんもプレセアちゃんも来てくれて嬉しかった。色んな人に祝われるって、いいな」
「そうだよ」
ゼロスの前髪をかき上げて額に唇を落とす。額へのキスは祝福のキスだ。
「いろんな人が私たちを祝福してくれてるんだよ、ゼロス。――私たちが幸せになることを、祈ってくれてるんだよ」
その道のりはきっと厳しいだろう。それでも誓い合ったように私たちは隣にいることを選んだ。同じ時間を、ずっと一緒に分かち合うことはできないとしても。
「幸せなときも、困難な時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も、死が二人を別つまで愛し、慈しみ、貞節を守ることを誓います」
ゼロスが私を見つめ返す。紫がかった青い瞳は、いつもより色が薄く見えた。
「――汝を妻とし、今日よりいかなる時も共にあることを誓います」
式でのリフレインだ。今はウェディングドレスなんて着ていないけれど、あの瞬間よりずっと胸の奥に落ちてくるように感じた。見えないベールを持ち上げて、ゼロスが唇を近づけてくる。
「幸せにする」
噛みしめるような言葉を信じられないなんてことはない。これから先もずっと。
私はその誓いの口づけを受け入れた。


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