ラーセオンの魔術師番外編
花嫁は魔女-1

※本編後

婚姻に際して神に誓いを立てるというのはこの世界でもどうやら同じようだ。教会の神官が教典から一節を引用して説教をしたりとかもするらしい。私は正直人の営みに興味がなかったので他人の結婚式に出たことなんてないので詳しくないし、エルフの里では当然女神マーテルは信仰対象ではなかった。彼らはどちらかというと大樹を敬っているようだった。
それはともかく、結婚式の話だ。私とゼロスはメルトキオに戻って真っ先に籍を入れた。というか、入れてあったことになった。手続きとしてはこれで完了なんだけど、何せゼロスは貴族である。いわゆる結婚式と披露宴を執り行わないといけないらしい。
「メンツとかそういう問題だよな、早い話」
「大変だね」
「あんたも大変なんだからな」
他人事のように言っていたら呆れた顔をされた。分かってたけど現実逃避をしてる暇もないらしい。だって結婚式だよ?舞踏会とはまた格が違う。準備が死ぬほど面倒なのは目に見えていた。
「披露宴はいいとして、教会とかで式もやるの?教皇も失脚したしなんかゴタゴタしてない?」
「ああ、それなんだけどな。臨時で俺さまが教皇になるから」
「えっ?」
待って、臨時で教皇って何。神子って教皇になれるの?いや、そもそもマーテル教会にはもう何の権力もないハズだし、ゼロスは神子じゃないけど。
「急に教会もハイやめます、はできねえからな。臨時だからいつまでもやってるわけじゃないけど、国王陛下には許可もらってる。せいぜい俺さまがいる間に腐った部分は切除してやるよ」
「そっか。忙しいね」
「そうそう。で、その手始めが結婚式」
つまり元神子の公爵さまの結婚式を女神に誓うのとはまた別の形にして、それをスタンダードにしていこうということらしい。今はかつての大樹カーラーンのように大樹ユグドラシルを信仰対象にしていく流れだとか。まあ、大樹の精霊もマーテルなので上手いことすげ替えようという話だろう。
そんなわけで色々と準備を進めることになり、ゼロスはそれに加えて国王にクルシスの事実関係だったりを報告しに城に行ったりしていてかなり忙しそうだった。ちょくちょくリーガルがワイルダー邸に来て手伝ってくれていたけれど。
「リーガルも忙しいところすみません」
「なに、これくらいは公爵としての務めだからな。神子……ゼロスに丸投げするわけにもいくまい」
確かにリーガルも当事者なわけだし、何より教皇の指揮下にあった実験の被害者でもある。何年も牢にいたとは思えない手腕とはゼロスの言だ。
「レティシアも忙しいのだろう。ユアンとのやりとりもあると聞いたが」
「ええ、と言ってもユアンも忙しくてですね。ディザイアンの後始末なんかもありますし、今はそこまで話も進んでいませんよ。まあ、もともとすぐに終わる計画でもありませんし」
ユアンとしては大樹の世話をするのは第一の使命なんだろうけど、クラトスがデリス・カーラーンと共に去って行ってしまった今クルシスやディザイアンの残党をまとめるのは彼しかいない。ボータやずっとレネゲードとして活動を共にしていた天使たちもいるだろうから、うまくやってくれると思うけど。
「あ、リーガルの旦那」
とか小休止がてら話をしているとゼロスが顔を出して声をかけてきた。その手には紙束があって、分厚いそれは企画書だ。結婚式一つするにも準備することはいろいろあって念入りな計画を立てなくてはならないというのだから貴族はスケールが違う。
「どうかしたか?」
リーガルが立ち上がって企画書を覗き込む。何やら相談し始めた二人を私はぼんやりと眺めてから「えっ!?」と思わず声を出した。
「レティシア?」
不思議そうにこちらを見てくるけど、いや、いやいや。
「なんでリーガルが結婚式の主催側にいるの?!」
クルシスの件についてリーガルがゼロスとともに対処に当たるのは何もおかしくない。けど、こっちはまた別件だ。ワイルダー公爵家の結婚式に招待される側なんじゃないのか、ブライアン公爵は。
「そりゃレティシアの……あー、言ってなかったっけ」
「何も聞いてませんけど!」
「私がレティシアの身元保証人になったからな」
さらりと告げられた驚愕の事実に私は間抜けに口を開けるしかなかった。下手に口を出すと邪魔だと思って結婚式の企画自体にはノータッチだったのでそんな決定がなされていたなんて知らなかった。
「身元保証……な、なんでリーガルが……!?というか、身元保証人なんて必要なんですか!?」
「そりゃまあ、後ろ盾はいるだろ」
「あなたには恩がある。これくらいはさせてくれまいか」
二人が当然のように言うので私はとりあえず黙った。貴族に嫁入りするというのはこういうことだ。多分。あとリーガルはこれくらいなんて言うけど、かなり大したことだと思う。
「……わかりました。必要なことなら仕方ないですね」
「だから当日の式もリーガルについててもらうからよろしくな」
「はい、えーと」
「要は父親役だな」
「……本当にいいんですか、リーガル」
思わず再確認してしまった。彼自身結婚もまだなのに、いやその件については事情があるのでとやかくは言わないけど、とにかくまだ若いのに一回りも年の変わらない女の父親役なんていかがなものか。しかしリーガルは優しげに微笑むだけだった。
「それはもちろん光栄なことだと思っている。レティシアこそ、私ではやはり力不足だろうか」
「いいえ、全く。そもそも私の父親役してくれる人なんて心当たりがこれっぽっちもないので助かります」
養父はもういないし、里のエルフは論外、となると本当に誰に頼むわけにもいかない。年上の男性の知り合いというとリーガルを除けばクラトスとユアンくらいだが、クラトスは旅立ってしまったので無理、ユアンもこんなことを頼みたい相手ではない。頼まれた向こうも普通に困るだろう。想像すると面白かったけど。
「頼りにしています、リーガル」
「……レティシア、俺は?」
リーガルの大きくてあたたかい手を握って頼むと案の定ゼロスが拗ねた顔で横から抱きついてきた。うーん、かわいい。リーガルは微笑ましげに見ているので、許してくれると信じたいと思いながらゼロスの頬にキスをした。


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