深海に月
04

帝都に来て、城で暮らし始めてからわたしはいろいろなことを知った。エステルはどうやら皇族のお姫様で、ヨーデルは殿下――次期皇帝らしい。わたしの治癒の能力は皇帝家が代々持つ力と同じで、これが強い人を満月の子と呼ぶのだとエステルは言っていた。そういえば、オーマはわたしの「力」が強いのに喜んでいた気がする。オーマや街の人たちと皇帝の一族にはなんらかの関係があるのだろうか。
アレクセイという人はその能力を持つエステルを色々使って物理的に操って、帝都を壊滅状態に追い込んだのだとか。その上星喰みを封印していたザウデを動かしてしまったというのだから迷惑な人だ。
エステルはそのアレクセイという人に操られてしまった罪悪感から街の人たちを治癒してるのかなと思ったけど、ただ単に放っておけないたちな気がする。エステルはちょっと優しすぎるのだ。
ヨーデルに教えてもらって知ったけど、エステルは一度暴走したのをおさめたせいで、今は自分の生命エネルギーを削って術を使ってるような状態らしい。そんな中でも人のことを放っておけないなんてただのお人よしなんじゃないかな。そのことを聞いてからなるべくわたしができるところはわたしがするようにしている。エアルが乱れてしまうからあまり使わないようにと言われたけれど、エステルの寿命が削れるのは悲しい。
「ヨーデルも余計なことを言うんですから」
「余計じゃない、です。エステルは、無理する、だめです」
「その通りじゃ。お嬢ちゃん、姫様が無理しないかようく見ておいてやってくれ。ユーリも心配するじゃろう」
「ユーリ、さん?」
下町というところで知り合ったハンクスというおじいさんに言われて私は首を傾げた。どこかで聞いたような……?
「ユーリはフレンの親友でな。姫様を助けたのもユーリじゃ。今は行方不明だというが、ユーリのことじゃ。そのうちひょっこり戻ってくるじゃろ」
ええ、それって大変なんじゃ……?エステルは表情を曇らせたが、ハンクスさんの言葉で気を取りなおしたようだった。そんなひょっこり戻ってくると思われるような人なんだろうか。
「ワン!」
「ラピードもそう言っとる」
ラピードは犬だからわからないけど、ハンクスさんが自信満々に言うのでそんな気がしないでもない。
「ユーリさん戻ってくる、祈る……です」
「ありがとうございます、レティシア」
エステルのためにもそのユーリさんには無事でいてもらわなくては。それに、フレンの親友というならその人が帰ってくればフレンも喜ぶだろうし。
フレンがザウデに行ったりして忙しいのはその人を探すためもあるのかな。なおさら早く戻って来てほしい。
話を聞いてみるとラピードはエステルやハンクスさんの飼い犬ではなく、ユーリさんの相棒なのだそうだ。犬――しかもラピードみたいに大きな犬は街にはいなかったから少し怖い。私がそう思っているのが分かるのか、それとも単に人嫌いなのかラピードは私には必要以上に近寄ってこないのでありがたかった。

私はエステルのお手伝いでザーフィアスの――主に下町の人たちの治療と、あとは勉強をする日々を過ごしていた。私の知ってる文字とは違うので覚えなければいけないし、文法も違ってややこしい。読んだり聞いたりだけなら慣れてきたけど、喋るとなるとちょっとぎこちないままだ。でも、読めるようになってくると勉強自体がスムーズになって楽しい。エステルは本が好きらしくて、色々な本を貸してくれた。
「レティシアが本が好きなんて、嬉しいです」
「どうして、です?」
「あまり周りに本が好きな人がいなくて。リタは本でも専門書ですし……。読んだら感想を教えてくださいね」
「うん」
リタさんというのはエステルの友達らしい。エステルの話にたまにでてくるひとだ。魔導器を研究していて、エステルがアレクセイに操られたときに暴走してしまったけど、それを抑えてくれたのがリタさんだと言っていた。今はザウデに残っていた技術の分析をしているらしいので、なんだかすごい人なんだと思う。
そういえば私の暮らしていた街への入り口もザウデにきちんと残っているんだろうか。私は隙間から出たようなものだけど、本来の入り口もあるんじゃないかと思う。ただ、街からは出られないようになってるだろう。そうでなければオーマはとっくに出て復讐をしていただろうから。
フレンやリタさんが見つけたらどうするんだろうな。私はここでお手伝いをさせてもらえているけど、私みたいに強い「力」を持ってる人は他にいなかった。言わない方がいいのか、悩ましい。エステルの話を聞いてると「力」を持っていてもあまりいいことはなさそうだし。
まあ、見つかったらでいい気がする。それでも、なぜわたしの先祖が閉じ込められたのかは気になった。ザウデは星喰みから世界を守ってたみたいだけど、それとなんらかの関係があるのかな。もしかしたら、星喰みをやっつける方法があるのかもしれない。
そう思ってエステルの貸してくれた本になにかあるか探してみてもなかなか見つからない。本に没頭しているとよくラピードが吠えて時間を教えてくれた。
「ラピードは子どもが好きなんです」
夕飯をすっかり忘れていたわたしを食堂に引っ張ってきたラピードを見てエステルは羨ましそうに言った。思わずラピードを見るとぱたんと尻尾が揺れる。
「そう、です?」
「ワウ」
「ラピード、言葉わかる、です?」
あまりにタイミングがいいのでそんな疑問さえ浮かんでしまった。しかもエステルが神妙な顔で頷く。
「ラピードはとっても賢いですから。ユーリはラピードの言葉もわかるみたいです」
ユーリさんは何者なんだ。わたしはまだ見ぬユーリさんが無事に戻ってきて、ラピードの言葉を教えてくれたらいいなと夢見がちなことを考えた。


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