深海に月
03

船に乗って向かったテイト――帝都は帝国の首都みたいなものらしい。帝国は皇帝が治めていて、フレンはその帝国の騎士団のトップなのだそうだ。それってすごくえらい人なのでは?大変だねと言うと苦笑されてしまった。
ちなみに、わたしがいたのはザウデと呼ばれる場所らしい。ザウデは大きな魔導器というもので、星喰みから世界を守っていたんだそうだ。それを動かしてしまったのが騎士団長のアレクセイという人で、フレンたち騎士団がザウデにいたのはアレクセイのやらかした後始末をつけるためだったとか。
「そういえば、髪が黒くて長い男の人を見なかったかな。全体的に黒い服を着ているのだけど」
「ううん。見る、ない」
「そうか……」
その話を聞いたときフレンに尋ねられたがそんな人は見ていない。フレンは気落ちしたように呟いて、なんだか申し訳なかった。

さて、たどり着いた帝都でわたしはフレンに連れられてお城に向かっていた。お城は広くて立派だ。そこにはフレンとはまた別の、金髪の男の人がいた。
「フレン、よく戻りましたね。その子が報告書にあった満月の子ですか?」
「はい、ヨーデル殿下。本人に記憶はないようですが、アレクセイに利用されていた可能性があります」
「どちらにせよ放って置けません、か」
男の人はわたしを見てにこりと微笑んだ。悪い人ではなさそうだ。わたしはフレンの後ろからぺこりと頭を下げる。
「レティシア、この方はヨーデル殿下。じきに皇帝になられるお方だよ」
「ヨーデル、デンカ」
「ヨーデルで構いませんよ。きっと君は僕の親戚ですからね」
デンカは名前ではないらしい。フレンの隊長みたいなものだと思う。フレンの同僚とかかな?それにしては騎士っぽくない。フレンの言葉遣いもいつもと違うのも不思議だ。
「フレン、この子はエステリーゼに任せようと思っています」
「エステリーゼ様に、ですか」
「同じ満月の子のそばにいた方が何かと安心でしょう。それに……しばらく塞ぎ込んでいるみたいですからね」
フレンとヨーデルが何やら話し始めたのでわたしは蚊帳の外でぼうっと天井や壁を眺めていた。街と少し似た雰囲気のところもある気がする。ここはヨーデルの部屋なのかな。随分ひろい。オーマの部屋みたいだ。
「エステリーゼにレティシアのことは伝えてあります。今は部屋にいるでしょうからレティシアを案内してください」
「かしこまりました。それでは、御前失礼いたします」
フレンがお辞儀して、わたしもつられてお辞儀する。もしかしてヨーデルってえらい人?騎士団長のフレンよりえらいとなると、国のえらい人とかなのかな。デンカってどういう意味なんだろう。
ヨーデルの部屋を出てフレンはちょっと物憂げな顔をして遠くを見つめていた。「ユーリ……」と呟くのが聞こえる。ため息をついていたときのソディアに似ている雰囲気だ。
「フレン?」
「ああ、ごめんね。エステリーゼ様のところに行こう」
「エステリーゼ、さま」
「しばらく君の面倒を見てくれるのがエステリーゼ様になると思う。優しい方だから安心して」
「……、フレンは?」
「僕は騎士団の仕事があるからずっとは一緒にいられないんだ」
それはがっかりだ。でも、フレンが仕事で忙しいなら邪魔はできない。エステリーゼさまという人がいい人だといいなあと思いながらフレンについて歩く。
お城は広くて、一人で歩いたら迷子になりそうだ。でもフレンは迷わずにすたすたと歩いて、たくさんある扉の一つをノックした。
「エステリーゼ様、フレンです」
「はい」
女の人の声が聞こえて、ややあってからフレンがドアを開く。わたしは部屋の中にいた女の人をつい見つめてしまった。「外」では見なかった桃色の髪をしている。
「お疲れさまです、フレン」
「エステリーゼ様も、街に出ていらっしゃるとお聞きしましたが」
「私にできることなんてほんの少しです。……その子がヨーデルの言っていた満月の子です?」
桃色の髪の女の人、エステリーゼさまは私を見てヨーデルと同じように微笑んだ。なんだか似てる気がする。
「はい、ザウデで保護した子どもです。レティシア、この方がエステリーゼ様だよ」
「エステルって呼んでください」
縮めてるから愛称みたいなものだろうか。フレンやヨーデルは縮めてないのにいいのかなとフレンをちらりと見るとなんとも言えない顔で微笑んでいた。
「エステル……さま?」
さま、というのが敬称っぽいので続けて呼んでみると変な顔をされた。間違ってたのかな。
「エステル、だけでいいですよ」
「エステル。わたし、レティシア、名前」
「はい、レティシアですね。よろしくおねがいします」
「ではエステリーゼ様、私はここで失礼します。レティシア、またね」
フレンはすっと身をひるがえして行ってしまい、部屋には私とエステルが残された。「フレンは忙しいですね」とエステルがちょっと残念そうに言う。わたしも残念だ。隊長は大変だと思うから仕方ないけど。
さて、それでいくとエステルは何の仕事をしているのだろう。私はドアからエステルに向き直って聞いてみることにした。
「エステル、役割、はたらくなにする?」
「私の役割です?ええっと……最近はちょっといろいろあって……」
困るようなことを聞いてしまっただろうか。けれどエステルはすぐに気を取り直したように手を合わせた。
「今は、街の方のお手伝いをしています。ザーフィアスも大変なことになってしまいましたから」
「ザーフィアス、大変?」
「レティシアは知らないんです?あっ、満月の子ということは、治癒術も使えるんですよね。ちょっとお手伝いしてもらってもいいです?」
「お手伝い。する、わかった」
エステルの言葉からすると治癒の手伝いだろう。ここでお世話になるのなら対価が必要だ。わたしは頷いた。


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