夢のあとさき
17

アスカードからバラグラフ王廟へ、そしてルインに戻る。祭司とは完全に入れ違いの形になっていたらしい。私たちはヘトヘトになりながら大陸を駆けずり回っていた。
「ああもう!どうしてこんなタイミングが悪いんだい!」
「こればかりは同意するよ……」
私はコレットたちの情報も集めていたが、しいなは違う。完全に二度手間だった。
コレットたちは私たちがアスカードに行った時点ではまだいなかった。ルインで祭司に会ったらまた戻ってみるかと考えていたが、そんな思考は目の前の光景に吹き飛んだ。
「しいな、あれ……」
「ディザイアンだ!」
ルインに向かっている軍勢を見つけてしいなと顔を見合わせる。このままではまずい。ルインが攻め滅ぼされてしまう。
「あたしはルインに行く。あんたは?」
「私も行く」
頷いて走り出した。あんなに大勢のディザイアンに敵うとは思わない、でも見殺しにはできなかった。誰か一人でも、多くの人が助かればいい。
町からはすでに火が上がっていた。逃げ惑う人たちを襲うディザイアンに剣を向ける。
「やあっ!」
「なんだ、この娘!」
「しいな、誘導して!」
「ああ!」
ディザイアンを斬りふせる。次から次へと湧いてくる彼らに嫌気がさすが、ここから逃げ出せるとは思えなかった。
「あの娘、エクスフィアをつけてるぞ!」
「なんだと!」
「まさか、指名手配の娘か!」
喚くのが聞こえる。でもそれはどこか遠くて、私は自分の息遣いだけを間近に聞いていた。囲まれていてもなぜか怖くない。町の人たちは逃げられているだろうか。
「捕らえろ!」
「……ッ」
魔術を浴びせられて一瞬怯んだが、魔術使いの腕を斬り捨てる。後ろにいる男を振り向きざまに蹴飛ばして、襲いかかる斬撃をすれすれで躱す。
「レティ!」
しいなの声が遠くに聞こえる。助けに来ないで、と願った。このまま二人とも捕らえられるわけには、いかない。
「あなたは、逃げろ!」
必死に叫びながら剣を振りかぶる。剣はもう血にまみれて、斬れ味も悪くなっていた。
疲労で動きが鈍る。こんなところで捕まるわけにはいかないと思うのに、体が動かなくなってくるのが悔しい。
ついに剣を取り落として、電撃の魔術が浴びせられた。目の前が霞む。ドサリと音がして、何も見えなくなった。


……また、死ななかったらしい。
手枷と足枷がつけられていて、私は自由に動けなかった。ここは、牢だろうか。武器や装備は取られていて、薄暗い場所で私は一人だった。
「いつつ……」
怪我をしたところが痛い。枷がなくてもしばらくは自由に動けそうになかった。
大人しくしていると誰かの足音が聞こえてくる。部屋に光が入って来て、扉が開いたのだとわかった。
「目を覚ましたか」
そう言った複数のディザイアンたちに両脇を固められてどこかに連れていかれる。どうしようか、逃げられるか。そうあたりを見回すがさすがにこの状態では逃げるのは難しそうだ。
「クヴァル様!連れてきました!」
「よろしい」
連れていかれた先には金髪の男がいた。見た感じ、この男が牧場のリーダーらしい。
「全く、生きていましたとはね。ですがこれでようやく私の手にエンジェルス計画の一部が戻ってきたのです。許しましょう」
クヴァルと呼ばれた男は私の顎を掴んで顔を上げさせてくる。酷薄そうな表情に嫌悪感だけが募った。
「もう一つは……ロイド・アーヴィングが持っている。そうでしょう?」
「……何の話だ」
「あの薄汚い女が持ちだした私の研究成果ですよ」
薄汚い女……?嫌な予感がした。
私のエクスフィアともう一つ、ロイドが持っているそれは。
「あんたが……母を……っ!」
「おや、知っているのですか?だが勘違いしないでいただきたい。あの女、アンナを殺したのは私ではない。君の父親なのですよ」
「……うそをつくな。あんたのせいで、母は、あんな姿に!」
頭の奥が痛い。思い出したくない記憶だった。異形と化した母、ロイドと私をかばうノイシュ、父の剣が、かざされる。
「君のエクスフィアはユグドラシル様への捧げもの。ですがまだ不完全なようですね。今しばらく育ててもらいましょう」
私の左手を見たクヴァルは指から要の紋を抜き取った。言いようのない焦燥に駆られるが、まだ平気なはずだ。すぐに毒になるというわけではない、と思う。
「連れて行きなさい」
クヴァルに命令されてディザイアンたちは私を連れて部屋を出る。くそ、あの男。母の仇め。許すものか。絶対に……!
この一時だけは自分の目的も何もかも見失ってしまいそうだった。



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