リピカの箱庭
22

貴族の婚姻といえば、ほとんどが政略結婚だ。それはお父さまとお母さまもそうだし、セシル夫妻もそうである。テレーズ叔母様はミレール子爵家に生まれた故にセシル家に嫁いだ女性だ。そしてミレール子爵家はファブレ公爵家の分家である。私はそのことを、叔母様の話を聞きながら改めて思い出していた。
「ファブレ公爵がホドから凱旋されたとき、何を持っていたと思う?そう、ジグムント様の首級よ。ジグムント様の持っていらした宝剣と一緒に持って帰っていらして……わたくしと夫はファブレ公爵邸に呼びだされてそれを見させられたのよ。真にジグムント様の首級であるかどうか見分のために!」
身振り手振りで大げさに、熱を入れて話す叔母様に私は目の前が一瞬白くなるのを感じた。後ろでエドヴァルドが殺気立っているのも分かる。ああ、なんという仕打ちだろうか。爪が食い込むまで拳を握りしめる。そうでないと剣を取ってしまいそうだった。
「ジグムント様の死相はそれはもう鬼神のようで――」
「お母様!」
顔面蒼白になって声を荒立てたのはジョゼットお姉様だった。叔母様がむっとした顔をするのにも構わず叫ぶように言う。
「そんな話なさらないで!レティシアがどう思うかわからないの!?」
「何を言うの、ジョゼット。レティシアのお父様のことなのだからきちんと伝えておかないといけないでしょう」
「レティシアはまだこんなに幼いのよ。それに、ファブレ公爵の行いは伯父様への侮辱だわ!」
私は思わず瞬いてジョゼットお姉様を見上げてしまった。幼い、か。そんな理由で庇護されるのはなんだか久しぶりな気がしてしまう。
「そんなに声を荒げるなんてはしたないわ、ジョゼット。落ち着きなさい」
「お母様のほうこそはしたないわ。ここはマルクトなのよ」
なんだか口論が始まってしまい、私はエドヴァルドと目配せした。正直ずっとこんな話を聞いてはいられないし、さっさと逃げてしまおう。私の屋敷なんだけどな。
「失礼、セシル夫人、ジョゼット様。今のお話は我が主人には刺激が強すぎたようです。少し休ませてもらってもよろしいですね?」
エドヴァルドが慇懃無礼に口論を遮ると二人は揃って口を噤んで私を見た。なるべく具合が悪そうな顔で差し出されたエドヴァルドの腕にもたれかかる。
「まあ大変。そうね、レティシアは病弱だったものね。でもこれからは大丈夫よ、叔母様がついていますからね。ゆっくり休んでちょうだい」
「そうさせていただきます、叔母様」
頷いてからエドヴァルドの手を借りて立ち上がる。ジョゼットお姉様が心配そうな顔でこちらを見ているのには少し心が痛んだが、今は仕方がない。
叔母様に貸した部屋――客間だったが今はすっかり勝手に模様替えされた部屋から出てため息を飲み込んだ。叔母様が来てから数日、ずっとこんな調子である。ことあるごとに体調不良を理由に叔母様の話を遮ったりしていて、なんというか、芸がないんだけど叔母様はすっかり信じ込んでいるようだった。
「レティシア様。いつまで続けるおつもりですか?」
「そう急かないで、エドヴァルド。ことは慎重に進めなければなりません」
いつもの調子で執務室に歩いて戻りながらエドヴァルドの苛立ちを受け止める。家のことを任せる執事としてもう少し感情を隠すことを覚えてほしいところはあるが、素直なのは長所でもあると思う。
「私がダアトに発てばすぐに尻尾を掴めるでしょう。それまでは我慢していてください」
「しかし、それを待たずともセシル伯爵からの手紙を使えばよいのではないですか」
「それではジョゼットお姉様を見極められないでしょう?」
ドアをエドヴァルドに開けてもらってから振り向く。案の定不服そうな顔をされていたので付け足した。
「それに、旅券についてはまだ調査中なのです。向こうの警戒を強めさせる必要はありません」
「それはそうですが」
エドヴァルドは反論しようとして、しかしすぐに口をつぐんだ。頭を横に振ってため息さえつくのは珍しい。彼は基本的に私が子どもであろうと主人として仕えてくれてきて、騎士として、執事として以外の面はほとんど見せてこなかった。
「すみません、お嬢様。少し……頭を冷やしてきます」
弱々しく眉を下げる彼に悪いことをしたかなという気持ちになってくる。それでも、やってもらわなければならない。だから悪いと謝ることもできない。私はそういう立場にあるのだから。
「あなたを信頼しています。ですから、無理はしないでください」
「はい。……ありがとうございます、レティシア様」
もう一度小さくすみません、とこぼしたエドヴァルドが部屋を出て行くのを見送る。私は彼にあまりに多くのことを任せすぎているのかもしれない。もう少し、この屋敷に住まわせる侍従を増やすべきか。
それにしても、と私は大きな椅子に身を預けて息を吐いた。お父さまの首級、お父さまの宝剣。私に刺激が強かったのは確かだ。ファブレ公爵家に今もその剣があると思うと――そしてガイラルディアがそれを目にすると考えると。この復讐心は消えることはないのだろうと思うくらいに強く身を焦がす。
私がそうなのだからエドヴァルドも同じだと思う。この亡命の件はキムラスカに対する反感をいたずらに煽るだけの結果になってしまうかもしれない。そうだとして、私がここを離れるのはまずいのではないか。
決めるのは私だ。今は私が伯爵代理なのだから。


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