ラーセオンの魔術師
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目覚めた時にはもうみんな出立してしまっていて、私は幾分かマシになった頭でうーんと唸った。
手元にはもう魔力の貯蔵された宝石はないから私の戦闘力は高が知れている。ダイクさんにはしばらく療養したほうがいいと言われたけれど、じっとしていられない気分だった。
「気持ちはわかるがな、無理はしないほうがいいぞ。風邪がぶり返しちゃあ仕方がねえ」
「……そうですね。でも……」
でも、なんだろう。言葉が続かないのがもどかしい。年の功が落ち着き払っているダイクさんはそんな私に苦笑した。
ダイクさんは私を引き止めることはせず、私はとりあえずレネゲードの基地に向かうことにした。ユアンならエターナルソードを手に入れるために壊れた救いの塔に向かったロイドたちがどうしているか、私よりは詳しいだろう。レアバードの燃料はギリギリで落ちないかひやひやしながらなんとか着陸するといつもの整備員さんが顔を出した。
「レティシア殿。補給ですか?」
「ええ。それと、ユアンはどこですか?」
整備員さんの話によるとユアンはテセアラの基地にいるらしい。レアバードを補給してもらったあとそっちに向かうことにした。
テセアラの基地は寒い。死ぬほど寒いところと、死ぬほど暑いところに基地を作るのはカモフラージュなのかもしれないけどどうかと思う。私が向かうとまずボータが出迎えてくれた。
「レティシア殿。体調はいかがか」
「問題ありません。ここにくるくらいなら、ですけど」
「そうか、大事なくてよかった。ユアンさまに会いに?」
「というか、ロイドたちの動向を知っているかと思って。救いの塔に向かったあとどうしてます?」
ボータ曰く、ミトスの本体を叩きにヴェントヘイムという場所に向かっただろうということだ。つまりはウィルガイアとも違う、ミトスの城だ。流石のユアンもここは手出しできないらしく、見守るくらいしかできない状況らしい。
「大いなる実りはどうなってます?」
「少しずつ離れてしまっている。……流石のあなたでも、エターナルソードなしにあれを引き止めるのは不可能だろう」
惑星の重力に逆らうというのは確かに無理そうだ。結局今の私にできることはない、という結論に達するしかなかった。

「とはいえ、無駄にしている時間もない」
執務室のユアンはそんなふうに呟いた。ぎし、と椅子が音を立てる。
「もはやこの世界の命運はやつらに託されている。われわれがすべきは、その先のことを考えることだな」
「……まあ、その通りですね」
ずいぶんさっぱり割り切っている。これが本当の年の功かと思ってしまった。ユアンも四大天使の一人で、ミトスやクラトスと同じくらい生きているのだ。ぐらつく私とは大違いである。
「ディザイアンからのエクスフィアの回収は進めている。人間牧場は全て解放したからな、あとは残党を逃さぬようするだけだ」
「ディザイアン自体はどうするんですか?」
「奴らには事実を伝えて教育し直すしかあるまい。……そのあたりは、こちらで責任を持つ」
疲労が濃い様子のユアンに私はそうですね、と頷いた。ディザイアンだけでなく、クルシスの天使たちもユアンが引き受けるのだからそれはもう忙しいだろう。
「お前が来たのはちょうどよかった。頼みたいことがある」
「頼みたいことですか?」
「大いなる実りが発芽した後の話だ」
ユアンの頼みは簡単だった。マナを生み出す大樹がまた、どんな危機にさらされるかわからない。大樹の守護のために結界を張ってほしいということだ。私としては断る理由がないが、かなり大掛かりな作業になりそうだと思う。
なにせ護る対象がマナを出すなんて性質を持っているのだ。うまく結界を構築してやらないとマナの流れを阻害してしまうだろうし、大樹が育つゆとりなんかも考えなきゃいけない。
「時間がかかりますよ」
「構わない。……今度こそは、私は」
ユアンは短く息を吐いた。……今度こそ、何なのだろう。それを考える前に私はマナの急な濃度の変化を感じ取って顔を上げた。
「これは……!」
この急な変化の原因は一つしかありえない。目の前が一瞬白くなって、何が起こったのか悟った。急いでユアンの部屋から飛び出る。
「レティシア!まさか」
「そうです!世界が統合された……!」
後ろから掛けられた声にそれだけ返す。ドックのレアバードに駆け寄ると整備員さんに驚いた顔をされてしまったが構ってはいられない。飛び乗ると急発進して、とにかく一秒でもはやく救いの塔のあった場所へ駆けつけなければと気持ちが急いた。
いつもみたいに残りの燃料を気にする理由もない。心臓がばくばくとうるさくて、不安と喜びが入り混じっていた。世界の統合ができたということは、つまり今度こそミトスを打倒してコレットを取り戻せたのだと思うけれど、それははたして誰の犠牲も必要としなかったのか。
と、目の前に光が真っ直ぐ立ち上るのが見えた。――あれは、マナの光だ。大いなる実りに注がれるマナを、その美しさに私は目を奪われていた。
もう大丈夫だと、その光が私に伝えるように瞬く。世界は元通りになる。いや、一歩進んでゆく。新しい理想を得て、それを掴もうと手を伸ばすことができる。
レアバードから降り立った場所には大樹の小さな芽があった。そして、新しい精霊が見守っている。緑の髪をした女性の姿にどうしてか既視感を覚えた。大樹に囚われていたのと同じ――ううん、それ以外にも理由がある、ような。
風が吹く。彼女はふと微笑んで私に視線を向けた。こわばっていた力が抜けるようで、安心して泣きたくなった。
「――レティシア!」
私を呼んだのはゼロスで、そしてその後ろにはみんなが揃っていた。
終わったんだ。これは終わりで、始まりだ。にせものの神話が終わって、人間とエルフと、狭間の者たちの時代がやってきたのだ。あの悲しい少年が実現できなかったことを、その理想を追いかけ続けるために。
「おかえり」
駆け寄って手を伸ばす。それを抱きとめてくれる人がいるから、私はこの世界で生きていけるのだと、そう思った。


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