リピカの箱庭
15

走る。後ろから追ってくるのは二人の男たちだ。怒号を上げながら追いかけてくるのをどうにか撒けないかと走ってもこの調子では多分追いつかれてしまうだろう。だったら人通りの少ないところに行くべきだ。そう考えて路地に入る。先は行き止まりだったけれど気にしない。
「ちょろちょろ逃げ回りやがって」
「どう落とし前つけてくれんだ?ああ?」
ガラの悪い男たちは傭兵くずれと言ったところだろうか。街の警備や犯罪者の取り締まりは自警団、もとい騎士団の人たちがしてくれているけれどこういう小悪党が他の町から流れてくることも少なくない。私は腰の剣に触れて、迫ってくる男たちを睨み付けた。
「跪きなさい。ドレイン・マジック!」
「なっ!」
不意打ちに成功したのか、男たちはがくっと膝をつく。私は続けて譜を唱えた。
「光よ、捕えなさい。レイ!」
閃光が男たちに突き刺さる。手前の男には直撃したようだったが、後ろの男は悲鳴を上げながら後退していった。しまった、逃げられるとまた厄介だ。間に合うだろうかともう一度唱えようとしたところで、表への道に誰かが立っているのが見えてハッとする。巻き込んではいけない。ここは物理攻撃するしかないか。そう思って鞘から抜かないまま剣を握って男を追いかけるが、コンパスが違いすぎて追いつけそうにない。そうしている間に男は突っ立っている人に腕を振り回した。
「退きやがれ!」
「うおっと、危ないなあ」
が、突き飛ばされそうになったその人はいとも簡単に男を掴んで、逆に――投げ飛ばした。私の横を何かが通り過ぎていって、おそるおそる振り向くと気絶した男たちが折り重なるように倒れているのが見えた。
「……え?」
「大丈夫か〜?坊主」
「あ、ああ。助かっ……た……」
呆然としていると頭にぽんと手を乗せられて顔を上げる。金色の髪は結えるほどに長い。そして浅黒い肌に青い瞳。私はぽかんと間抜けに口を開けてしまった。
「いやー、まさか譜術が使えるとはなあ。俺の幼馴染も相当な使い手だったがお前さんもちびっこいのに大したもんだ。どこで習ったんだ?この辺に私塾でもあるのか?」
「え、ええと」
どう答えたものか。見知らぬ人に私の事情を教えるとそれはそれで、いや助けてもらったのだし。私は適当に濁しながら答えた。
「まあ、そんなところだ。お兄さんもまさか投げるとは思わなかったよ」
「はは、俺もなかなかやるだろう。さて、こいつらはどうする?つーかなんで追いかけられてたんだ?」
「悪いことしてるのを止めただけさ」
こんな格好――難民くずれの少年風のなりをしているときに出くわしてしまうとは思わなかったが。私がこの格好でふらつくのはエドヴァルドにものすごく反対されたので、女性に乱暴しようとする暴漢を邪魔したあげく追いかけられたと知れば今後はもっと口うるさくなるかもしれない。止めたことを後悔してはいないが、少し困ったことになる。
「お兄さん、悪いけど騎士団の人を呼んできてくれないか。私みたいなのが言っても聞いてくれないかもしれないから」
「そうかあ?じゃあ一緒に行くか。ここにはちょっと立ち寄っただけでな、騎士様がどこにいるかなんて知らないんだ」
そう言われては断れない。私はおとなしく青年と連れ立って騎士の駐屯所に向かうことにした。もちろん、男たちは念入りに拘束して転がしておいてから、だ。
「お兄さんはいったい何の用でここに?」
「用つっても、ちょっとした好奇心だよ。俺はケテルブルク出身なんだが、野暮用でグランコクマの友人を説得……」
青年は咳払いを一つして言葉を続けた。
「まあ、友人に会いに来てな。こちらまでなかなか来られはしないから、ついでに噂のホドグラドがどんなところか見てみたくなったのさ」
「噂の?」
「”ホドの真珠”が治めてる街だろ」
私はそれを聞いてげんなりした表情を隠せたか自信がなかった。"ホドの真珠"――レティシア・ガラン・ガルディオス、つまり私のことだ。気が付けば妙な呼ばれ方をしていたものである。復興のための偶像になることに否やはないけれど、それはそれとしてその呼び方はいかがなものか。というかホドって真珠とれたのだろうか。
それはともかく、ケテルブルクか。私は改めて青年の顔をまじまじと見てしまった。既視感があって、そしてケテルブルクの出身ときた。……嫌な予感がする。
「観光気分でこんな場所に来るなんて変な人だな。ま、おかげで助かったからその好奇心には感謝しておくよ」
そう言ったところで駐屯所についたので、私は青年の陰に隠れようとした。一歩遅かったが。
「レティシア様!」
呼びかけられては知らぬふりを決め込むわけにもいかない。私はこんな端っこの駐屯所にいるエドヴァルドに毒づきたくなりながら肩を竦めた。青年には目もくれず、ずんずんと私の前まで歩み出てくる。
「探しましたよ。こんなところまでおいでになられていたとは」
「……エドヴァルド。人をよこしなさい」
「何かありましたね?」
「大したことはありません。釣れたのは小物ですから」
私の前でなければため息をつきたそうな顔になりながらもエドヴァルドは騎士の手配をしてくれた。よし、これで暴漢どもはとっ捕まるだろう。
「それで、そちらの方は?」
エドヴァルドに声をかけられて楽しげな顔で見守っていた青年はさらに笑みを深めた。嫌な予感が当たった気がする。
「俺はピオニー・ウパラだ。ガルディオス伯爵に用があって来た」
私が表情を変えずに済んだのは、エドヴァルドが私よりも驚いた顔をしたからだった。


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