ラーセオンの魔術師
52

立っていられるはずがなかった。
私は気がつけば座り込んでいた。倒れてきたゼロスを支えることなんてできなかった。口から血が流れている。腹を貫くのは氷の刃だ。――私が、彼を、
「……あ、」
殺した。
「うあああああ!!!」
「レティシア!」
「先生、ゼロスに法術を……!」
「わかってるわ、でも……!」
どうして、どうして、私がゼロスを殺した。
私がゼロスを殺した。私がゼロスを殺した。
私の魔術が彼を貫いた。私がこんな魔術を使えるから。私がハーフエルフだから。私が――私だから。
私がゼロスを殺した。
「マナが乱れて届かない……このままだと、レティシアも危ないわ!」
「そんな!……っ、近づけねえ……!」
私のせいだ。私が、ここにいるからだ。私はどうしてここにいるのだろう。
私がいなければクルシスの輝石を作ることなんてできない。千年王国は夢物語のまま、ありえないまま終わる。語り部として、知っている者としての責務はもう果たしたのだ、それならもう、私はいなくなってしまえばいい。
マナが体中から抜けていって渦巻いている。私を責めるように。もう周りなんて見えない。それを止めようとは思わなかった。目を開く勇気もない。このまま、死んでしまえば――
だから気がつかなかった。もう一つのマナの光には。
「レティシア」
誰かの声が聞こえた。指が触れる。うそ、だ。促されるように瞼を開ける。
……どうして。
「ゼロス……?」
「しっかりしろ。マナの制御くらいあんたには簡単だろ」
青白い顔で、それでもゼロスは強がって笑っていた。その胸に揺れる宝石に気がつく。私が、魔力をこめたムーンストーン。そうか、お守りだと言って渡したのは私自身だった。
「でも、私が……いたら、いたせいで、コレットも、あなたも」
「なんだよ、らしくねえな。このまま死ぬなんて言うつもりじゃないだろうな」
「……」
「馬鹿だな」
ひどくやさしい声に、私は戸惑ってしまった。だってゼロスにはもう理由なんてない。彼はマナの神子ではなくなった。私に構う理由だって、もうないはずだ。
――そばにいたいだけじゃダメなのか、そうゼロスは言ったけれど。
「俺と同じくらい馬鹿だよ」
赤い髪が揺れて、ゼロスの唇が重ねられた。呆然と触れる柔らかいものを感じていた。少しカサついて、血の味がする。でもゼロスは生きていた。
ずるい。ゼロスはずるい人だ。ずる賢く生きてきて、でもこんなキスをする人を憎むことなんてできるものか。
気がつけばマナの暴走は収まっていた。ゼロスの言う通り、マナの操作は私にとっては簡単で、素直に私の感情を反映していたようでなんとも恥ずかしい。
マナを大量に放出したわけだし、あとクルシスの輝石に寄生されていたので体はだるいけど意識を保てないほとじゃない。立ち上がれないままぼんやりとゼロスを見つめる。ゼロスは「あー!」と声を上げて地べたに寝転がった。
「えっ、ゼロス!?生きてる……のか……!?」
「生きてる生きてる。俺さまって案外生き汚いのよ」
「レティシアさん!」
プレセアが真っ先に駆け寄ってくる。ロイドもゼロスの横にしゃがみ込んだ。
「プレセア……、みんな、ごめんなさい……。怪我は……」
「レティシアさんこそ怪我してるじゃないか。先生、っと」
ロイドに声をかけられる前にすでに術を発動していたリフィルのおかげで傷が癒える。癒えたのに今更痛い気がしてくるから不思議だ。
「ユグドラシル……、いえ、ミトスにその輝石をつけられたのね?」
「でも、いつの間に?」
「みんながサイバックに行ったあと、ミトスだけが戻ってきてそのときに。いや、今はそんなことより」
そう、私がいつ誘拐されたかとかはどうでもいい。問題は連れ去られてしまったコレットだ。早くしないとマーテルの精神を移されてしまう。適合したらまだよくて、しなかった場合――コレットは死ぬ。
「コレットは地下の大いなる実りの間に連れていかれたはずです。早く行って!」
「そうだよ、話は後でもできるだろう?」
しいなが頷く。ロイドも意を決したようだったが、起き上がらないゼロスを心配そうに見下ろしていた。
「ゼロスは……ここで、休んでたほうがいいな」
「悪りぃな、役に立てそうにないわ。……ちゃんと俺も話するから」
力なく笑うゼロスは手にしたクルシスの輝石を掲げた。赤い光に目を逸らしたくなる。あの感覚はもう思い出したくない。
「これだけ頼む。壊してくれ」
「ああ」
ロイドは輝石を受け取ると躊躇いなく剣で粉々に砕いた。そして立ち上がって転送陣へ向かっていく。どうやら問題なく機能するようだ。
気遣わしげにこちらを振り向きながらも転送されて行ったみんなの姿が見えなくなって、私も張り詰めていたものを緩めた。息を吐く。どんなに言い訳したって、彼らの邪魔をしたのは私自身だった。


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