ラーセオンの魔術師
ex-01

はっ、と急に顔を顔を上げたゼロスに仲間たちは不思議そうな顔をした。「ゼロス?」と隣にいたコレットが声をかける。
「どしたの?」
「いや……、なんでもないよ、コレットちゃん。ユミルの果実、見つかってよかったな」
「うん!」
「はやく届けてやんなきゃな」
嬉しそうに顔を見合わせるロイドとコレットにゼロスは目を細めた。どうにも嫌な予感がする、だが今ここにいる自分が何をできるわけでもない。息を吐いて焦燥を押し殺す。誰にも気がつかれないように。
メルトキオでルーンクレストの作成方法を見つけたゼロスたちはその材料を探してテセアラを回っていた。レティシアによる治療で猶予を与えられたとはいえ、放置しておくわけにはいかない事案だ。仲間としても、そしてクルシスの思惑としても。
ジルコンはサイバックで手に入れ、マナリーフはリフィルに心当たりがあった。ヘイムダールにあるというのだ。ゼロスたちは国王からヘイムダールへ立ち入る許可証を得てヘイムダールに向かっていた。その手前の森で母のためにユミルの果実を求める子どもを放っておけなかったのは、いつものことだとゼロスは諦めていた。
ソーサラーリングを駆使しながらユミルの果実を見つけ出し、子どもに渡した一行を待っていたのはクラトスだった。
「……無事にここまでたどり着いたか」
「何……!じゃあ、おまえはやっぱりコレットの病気を、治す方法がわかってたんだな」
真っ先に突っかかるのはロイドだ。ゼロスは冷めた気持ちで二人を見守っていた。クラトスの答えなんてわかりきっていたからだ。
「だから……どうだと?」
「どうしてだ!どうしてコレットを助ける手がかりを教えてくれた?あんたは勇者ミトスの――ユグドラシルの仲間だったんだろ!」
ほんの少し、クラトスが表情を変える。そこまでロイドが知っていたとは思わず――そしてすぐに思い直した。彼らのそばにはあの魔術師がいたのだったと。ラーセオンの魔術師の姿は見えない。ならば、ここでマナリーフを手に入れることは不可能だ。
「それを聞いてどうするのだ」
「それは……」
「……時間がない。急げ」
結局心のうちを吐露することもなく、クラトスは静かに去っていった。ロイドはその背中を睨み付けるように見ていたが、やがて視線をそらす。ヘイムダールの里の入り口はすぐそこだった。

ヘイムダールに入ったロイドたちだったが、ハーフエルフであるリフィルとジーニアスは里に立ち入ることは許されなかった。そのことに憤慨しつつ、排他的な雰囲気の里を進む。族長の家は一番奥にあった。
ヘイムダールの族長は年老いたエルフだった。値踏みするような瞳が居心地悪いとロイドは思う。マナリーフの話題を出すとその瞳はさらに厳しくなった。
「マナリーフと言ったか?」
「ああ。それが必要なんだ」
「あれは我々エルフが魔術のために利用している大切な植物。めったなことで生息地を教えるわけにはいかん」
すげなく言う族長にリーガルが食い下がった。
「……なんとかならないのだろうか。その植物がないと命を落とす仲間がいる」
「どういうことじゃ」
「病気の仲間がいるんだ。ええっと、天使こうか……」
「ちがうちがう。たしか永続天使性……」
「永続天使性無機結晶症」
さらりと正しい答えを口にしたプレセアに族長は顔色を変えた。おや、とロイドは思うが、入り口で英雄ミトスの話をするなと言われたばかりだ。ヘイムダールの人たちが、レティシアと同じように勇者ミトスの正体を知っていることは想像に難くない。
「なんじゃと!……それはマーテルの……だからクラトスが……」
「クラトスがどうしたんだ。クラトスは何をしにきていたんだ」
思わぬ名前が出てロイドは突っかかったが、族長は「クラトスのことはいい」と流した。そして苦々しげに吐き捨てる。
「マナリーフが必要ならば、ラーセオンの魔術師を探すがよい」
「ラーセオンの魔術師?それって……」
「レティシア・ラーセオンというハーフエルフじゃ」
目を丸くしたゼロスの問いへの答えにロイドたちは思わず顔を見合わせた。
「ちょっと待ってくれ。なんでレティシアさんの名前が出てくるんだ?魔術に使う植物なのに、あんたたちは生息地を知らないのか?」
「あれを知っておるのか。ならば結界を解かせるがいい。あれが渓谷を封鎖して以来、我々もマナリーフを入手できずに困っているのだ」
「封鎖……」
確か、とゼロスはレティシアの話を思い返していた。レティシアはラーセオン渓谷に住む語り部のもとで育てられたと言っていた。その渓谷にマナリーフが生息しているが、立ち入ることのできないようレティシアが結界を張ってしまったということだろう。
なぜそんなことになったのか。ゼロスは自分でも冷ややかとわかる声色で吐き捨てた。
「自分たちで追い出しておいて困ってるなんてムシのいい話じゃねえか」
「ハーフエルフにマナリーフを任せるなど考えられん」
「それで、封鎖されて入手できなくなるなんて……本末転倒ですね」
プレセアもゼロスの言葉に頷く。レティシアに懐いているらしいプレセアにとっても、許せない仕打ちだったのだろう。表情の抜け落ちた顔はそれでも怒っているのだとゼロスにも分かった。
「これ以上ここにいても意味はあるまい。ロイド、行こう」
「ああ、そうだな」
リーガルもトーンを低くして、顎で出口を示した。ぞろぞろと連れ立って族長の家から出て行く。重苦しい雰囲気はヘイムダールを出て、外で待っていたリフィルとジーニアスの二人と合流するまで続いていた。
「マナリーフは見つからなかったのかしら」
その雰囲気にリフィルが眉を下げたが、ゼロスはわざとらしく明るい声を作った。
「いやいやリフィルさま、バーッチリ聞いてきたって」
「ああ。レティシアさんが知ってるらしい」
「レティシアが?」
二人にロイドが説明すると、リフィルは考え込むように腕を組んだ。けれどすぐに顔を上げる。
「なら、一度アルテスタのところに戻りましょうか。まだいるかもしれないわ」
「そうだな。いなくとも、行き先がわかるかもしれぬ」
誰ともなくうなずき合う。そして再び森へと進んでいった。


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