ラーセオンの魔術師
46

「それで、一体何があったのだ」
イセリア牧場に向かう道すがら、そうリーガルに尋ねられて私は肩を竦めた。
「大樹が暴走したときにパルマコスタにいたのですが、結界を張っただけですよ」
「結界って……パルマコスタに、ですか?」
「そうだよ」
プレセアの言葉に頷くと彼女は「そうなんですね」と頷いたが、ゼロスは頭を抱えてリフィルは天を仰いだ。言われることは分かりきっているので居心地が悪い。
「大樹を退ける結界を一瞬で……?本当に無茶をするわね」
「聞き飽きたよリフィル。見殺しにしろとでもいうの?」
「そうではないけれど。……はあ」
ため息をつかれてしまう。文句を言われても私がすることは変わらなかったのだから、諦めてほしい。それに私に言わせてみればリフィルだって神子一行についてかなり無茶をしている。いや、彼女の人生は苦難の連続だ。私とは比べものにもならない。
……それにしても。もし、私が四千年前の真実を知っていると知ったら彼らはどんな反応をするのだろうか。ここまできたなら隠す必要もないような気がする。無事に大樹の暴走を収められたら一度話をするべきだろうか。
「その結界はどれくらい持つのかしら」
「あと一日と半日だろうね」
「では、その前に作戦を成功させねばなるまい」
その通りである。私は共に侵入することはできないが、邪魔が入らないように手伝いくらいはできるだろう。
イセリア牧場に辿りついて、私は門の外で待機、他のメンバーが突入することになった。その前にひと悶着あったんだけど。
「レティシア一人残すのは危険だろ。もしディザイアンが外から来たらどうするんだよ」
「それはないだろうな。あちらもレネゲードの侵入を警戒して警備を固めているはずだ。外に人員を割いているとは思えない」
ゼロスが言うのにクラトスが冷静に反論する。珍しく顔をゆがめたゼロスにおや、と思ったがすぐに普段通りの――といってもすこし苦々しげな表情に戻った。
「クラトスの言うとおりです。突入する戦力を減らすのも得策とは言えませんし」
「けどよ」
「仮に外にディザイアンがいたとしてもむしろ私一人で引きつけて時間を稼ぐくらいは可能です。そもそもこんなことを話している時間はありません。ですね?ロイド」
「あ、ああ。でも、見つからないように隠れててくれよ。一人で相手するなんて考えたらダメだ」
ロイドに振ると面食らった顔をしてから頷いた。それで渋々だけどゼロスも引き下がってくれて助かる。なんだかんだ、ロイドのことを尊重しているんだろう。
クラトスが天使の羽根で門を飛び越えて内側から開けて、他のみんなも牧場内に入っていく。ついクラトスってやっぱり天使だったんだなと思ってしまった。ユアンは初対面からあれだったけど、クラトスはそうでなかったから。
そんなことをぼんやりと考えながら岩陰にうずくまる。人の気配はないし、ステルス魔術で隠れるほどじゃないだろう。体がだるいのでいけないと思いながらも舟を漕いでいて、意識も飛んでいたと思う。にわかに門の向こうが騒がしくなってはっと我に返った。
無事に作戦は終えたのか?そんな気配ではない。けれど私が出て行って役に立つ状況だとも思えない。もどかしく思いながら待っていると、やがて空の向こうから声が聞こえた。
泣き声のような、悲痛な叫びのような、そんな声だ。目を凝らすと大樹の影が消えている。あれは――マーテルの声か?とにかく大樹の暴走は収まったらしい。
けれどイセリア牧場の門が再び開いたとき、コレットはロイドの腕の中でぐったりと気を失っていた。服が破れているということは攻撃を受けたのだろうか。皮膚が鉱石のように変化しているように見えて、思わず注視してしまった。石化?それにしては妙だ。
「レティシアさん!」
「プレセア。一体何が……?」
「コレットさんは、フォシテスに攻撃されて……。一度イセリアに行くそうです」
「我々が牧場から解放した人たちもいるのでな」
「わかりました」
コレットのことは心配だけど、リフィルがいたのだから治癒術でできることはしているはずだ。イセリアに向かうというのなら反対しない理由はない。
「大樹は……無事に収まったみたいですね」
「そうだな。それは救いだが……」
それでもコレットの容体が芳しくないのなら素直に喜ぶことはできない。今はゆっくり話している時間もなさそうだ。それに私もちゃんと休まないともちそうにない。
「レティシア、顔色悪いぜ」
「……歩けますからね」
ゼロスにさっそく指摘されて平静を取り繕うけど、大樹の暴走が収まったことが分かって気が抜けたのかいまいちうまく隠せたか分からない。呆れたようなため息が降ってきた。
「少しくらい甘えたっていいだろ」
「ちょっと、ゼロス」
強引に腕を掴まれて気づいたら抱き上げられていた。デジャヴ。うーん、学習しない自分が悪いとはいえ、ゼロスもお人よしだ。ちらりと視界に入ったリーガルがこくりと頷いてきたけどどういう意味か分からない。
ゼロスは案外人を抱えるのが上手くて、徐々に体のこわばりが解けていくのが自分でも分かる。間の抜けたことに、意識を失っていたことにも気がつかなかった。


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