ラーセオンの魔術師
45

神子一行はマナの守護塔に向かったという。見てみると守護塔は完全に崩壊していたが、レネゲードも共にいるなら生き残っている可能性が高い。いや、そうでなくては困る。ぐるりと塔のまわりをまわってみると人影が見えて私はレアバードから飛び降りた。
浮遊感と共に重力に従って体が落ちていくのを感じながらウィングパックにレアバードを収納する。落下速度を緩めながら着地すると「レティシア!」と焦りの含んだ声で呼ばれた。
「無事、でしたか」
少し無茶をしたかもしれない。目眩がして膝が笑う。崩れ落ちそうになる体を伸びてきた手が支えてくれた。鮮やかな色の長髪が目の前でふわりと揺れる。
「おい、あんたまたなんかやらかしたのか!?」
「……そんなことより、です。大樹の暴走を止めなくては」
無茶をするなと言われたけど、緊急事態だったのでしかたない。そう心の中で言い訳しつつ話を変えるとユアンの顔が強張るのが分かる。同時にクラトスも険しい顔をしていた。……あれ、なぜクラトスがここにいるのだろう。不思議だったけど今は関係のないことを尋ねている場合じゃない。
「止められるのか……!?」
「マナの照射を停めて、こちら側の精霊の力を削げば止まるはずです」
ロイドの必死な声に頷く。そしてしいなに視線をやった。
「テセアラの精霊の力を大樹にぶつければ……」
「なるほど。大樹の暴走はこちらの精霊の活性化のせい、ということね」
「……現在、陽であるマナの供給を担当しているのがシルヴァラントの精霊だ。だからこそ、大樹はマナの過剰摂取で暴走しているのだろう」
リフィルとクラトスが頷く。理解が早くて助かった。もしかして、クラトスは精霊の楔を抜くことでこの事態が起きることを見越してここに駆け付けたのかもしれない。それも、手遅れだったのだろうけど。
「で、でも、どうやってぶつけるんだい?あんなふうに暴れている大樹の足元までは近寄れないよ」
「私が、連れて行きます。少しの間なら中和くらい……」
「ダメだ!」
耳元で大きな声がしてびっくりしてしまった。顔を上げるとひどく真剣な瞳と目が合う。
「……こんな状態で行けるわけねぇだろ。暴走が止まる前にあんたが倒れるのが関の山だ。他の方法はないのかよ、ユアンさんよ」
他に方法なんてあるのか。ゼロスにつられてユアンを見ると腕を組んだユアンは息を吐くように低い声で呟いた。
「……魔導砲だ」
「魔導砲って、あのロディルが作っていたという機械ですか」
「あれは元々我々がロディルを利用して作らせていたものだ。精霊の守護がとける前はロディルに救いの塔を破壊させて、直接種子に近づくつもりだった」
ユアンが言うのにいくつか腑に落ちる。レネゲードがエクスフィアをテセアラで流通させていたのもその意図と関係があるのだろう。魔導砲の制御にはクルシスの輝石が必要だったのだから。
「魔導砲にテセアラの精霊のマナを込めて、大樹に向かって放つ……ということか。確かにそれ以外方法はなさそうだな」
クラトスもユアンの案に同意した。少なくとも、大樹の暴走は彼にとっても看過できる事態ではないらしい。
しかし魔導砲のほうはよくてもマナの照射を停めるのはイセリア牧場にいるレネゲードの内通者が処刑されてしまっているせいでかなわないという。最終的にはクラトスとしいなを除く神子一行が向かうと言うことで落ち着いた。どうやら、今のクラトスの立場は神子一行とレネゲードにとっては敵対者――クルシスに所属する者ということらしい。
「レティシアさんはどうするんですか?」
話がまとまったところでプレセアにそう尋ねられる。この状態では足手まといだと言われたのだし、イセリア牧場について行くわけにはいかない。レネゲードも手が足りないと言っていたので世話になるのも悪い。ずっとゼロスに肩を貸してもらっていたけど、杖を握って彼から離れた。
「私のことは気にしなくていいよ。ここに置いていってもらっても……」
「そんなことできるかっての」
ゼロスに強い口調で言われて口を閉じた。状況的にそうせざるを得なかったとはいえ、無茶するなと言われたのにした手前、正直後ろめたさがある。
「じゃあ、俺たちと一緒に行くのはどうだ?潜入はしなくても牧場の前で待っててもらえばいいだろ」
「そうね。放っておいたらまた何をしでかすか分からないもの」
「リフィル……好きでしでかしてるわけじゃないんだよ」
「だからたちが悪いと言ってるのよ」
呆れたように言われるが、プレセアとリーガルがうんうんと頷いているので私は言い返さないでおいた。不毛だ。
「決まったか?後は頼んだぞ」
私たちの会話を見守っていたユアンが言うのにロイドが気合いを入れるように「……行くぞ、みんな!」と声をあげた。
ふと視線を感じて顔を上げるとクラトスと目が合う。みんなのいる前で彼とアイオニトスの話をするわけにはいかないので、ひとつ頷いておいた。機を見て渡せればいいんだけど……今はそれより優先すべきことがある。
パルマコスタはまだ大丈夫だろうけど、他の街もテセアラも心配だ。私が何をできるわけでもないが、イセリア牧場に急がないと。


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