ラーセオンの魔術師
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移動手段の確立というのは実に素晴らしいことだ。定期的な燃料の補給は必要だけど、レアバードはものすごく便利だった。いやー、もっと早く欲しかった。
そんなわけでレアバードで封印を回ってアイオニトスと晶石を作りつつ、たまにレネゲード基地に立ち寄って報告なんかをしていた。私の相手はだいたいボータがしてくれて、神子一行の動きなんかも教えてくれた。
「私はあとは水の封印だけですね」
「そうか。ロイドたちも残すところは光の封印――マナの守護塔のみのようだ」
「マナの守護塔、ですか」
水の封印があるソダ間欠泉からは結構近い。しかし、あれから彼らに会うことはなかったなと思い返す。会ってもどうせ別行動するのだから問題はないんだけど。
それにしても――パルマコスタの牧場でもそうだったが、神子一行の行動をレネゲードが把握していることを考えると彼らの中にレネゲードと通じている人がいるんだろう。今は共闘関係にあるものの、ユアンも食えないひとだ。私としては、レネゲードを通じて彼らの行動が分かるので悪いことではないが。
「最後の、光の精霊と契約するのに私が赴く必要はありませんよね?」
「レティシア殿は行かなくてもよいだろう。仮に邪魔が入るとしても我々に任せてくれて構わない」
「わかりました」
ボータとそんな会話をして水の封印に向かったのが数日前。無事にアイオニトスを完成させた私は一度パルマコスタという港町に立ち寄っていた。
シルヴァラントはマナの乏しい衰退世界であるせいで街の規模も小さい。パルマコスタは大きいほうだろうけど、メルトキオなんかに比べるとやはり見劣りがした。前に来たときはゆっくりする暇もなかったので、宿を取って物資の補給をしながら街をうろついていると声をかけられた。
「あなたは神子さまと一緒にいた……」
「レティシアです。あなたは……ニールさんでしたっけ」
パルマコスタの総督とかいう人だ。私は迎えには行かなかったが、ミトスを預かってもらっていたんだった。ニールは頷いて、少し不安げに私を見た。
「神子さまはどちらに?再生の旅は順調なのですか?」
「今は最後の封印を回っていると思いますよ。私は少し別行動で」
「そうですか、それはよかった。あれからディザイアンもパルマコスタ付近では見かけなくなりましてね。みなさんには感謝しています」
ほっと息をつくニールを見るとなんだか悪いなという気持ちになる。私は裏側の仕組みを知っているからだろうか。それでも、大いなる実りを発芽させればシルヴァラントのマナが足りないせいで乏しい資源も少しはましになるだろう。そう思ってマナの守護塔を見た瞬間だった。
光が、立ち上っていた。
マナの守護塔だけではない、各地の封印のある場所から光の柱が天まで伸びていた。ぞくりと悪寒が走る。マナが、乱れているのが分かった。
このままでは――大いなる実りが正しく目覚めるはずがない。それを証明するように、救いの塔を覆い蠢く樹の枝が見えた。
「な、一体……?」
慌てるニールを尻目に私は杖を握った。指が痛い。レンガの上に杖の先を立てて、ぎゅっと目を瞑った。
「――"我が意に従い、堅牢なる守りとなれ。プロテクト"!」
魔法陣が街を覆うように広がっていく。暴走した樹がここまで届くのと、結界が完成するのはほぼ同時だった。だが、数が多い。締めつけるように結界の上を覆う根や枝を見ると長くは持たないだろう。ニールは結界の外を見ながら悲鳴を上げた。
「レティシアさん!なにが起こったのです!?」
「大樹が……なぜ、暴走して……」
「大樹?」
「っ、わかりません。ですがマナが乱れている。このままでは……」
考えろ。なぜ大樹が暴走している?マナが乱れているのと関係があるのか?そもそも大いなる実りは精霊の楔によって守護されていた。それが外されたから?
……いや、なぜテセアラではなく、シルヴァラントで暴走しているんだ?
いくら二つの世界に接点があるとはいえ、テセアラで同じように暴走しているとは思えない。大樹は、大いなる実りは一つしかないからだ。現に大樹に囚われるマーテルらしき姿が見える。
ではなぜ、先にシルヴァラントで暴走が起きたのか?答えは一つだ。世界再生によって、こちらの精霊が活性化しているからだ。
私はポケットから四つの精晶石を取りだした。氷、雷、地、そして闇。相反する属性をぶつければ大樹は退くはずだ。
「まったく、高くつきますよ……!」
杖の先でレンガを刻む。完成した魔法陣に、私は腕を切り裂いて血を垂らした。刻まれた溝に血が流れていく。
「レティシアさん!?」
ニールが悲鳴を上げるが構わずにそこに四つの石を置いた。ハーフエルフの血と、純度の高いマナのかたまり。これさえあれば数日は持つだろう。
「"氷よ、雷よ、地よ、闇よ。堅牢なる守りとなりて、大いなる災いからこの地を守れ"!」
再び魔法陣が広がっていく。四属性のマナをちりばめたおかげで、根が結界を避けていくのが分かる。……この街はいいが、他の町が心配だ。私は自分の腕に治癒をかけて傷を治すとニールに向き直った。
「これで二日は問題ないでしょう。この魔法陣には触れないようお願いします」
「わ、分かりました!」
「私はこれから原因へ対処しに行きます。問題がなければじきに鎮静化するはずです。ですが……万が一に備えて、あなたは住民の避難の準備をさせておいてください」
ニールがどうにか頷いたのを見て私はふらつく体を杖で支えながら街の外へ出た。少し血を流しすぎたかもしれない。ただでさえマナが欠乏しているのに、と痛む頭を押さえながらレアバードに飛び乗った。


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