ラーセオンの魔術師
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どうやら半日ほど眠っていたらしい。ものすごくすっきり目覚めた私は真っ先にシャワーを浴びた。乾いていたとはいえ、海水で汚れたまま眠ってしまったのは最悪だった。服を綺麗にしてから着直して、さっぱりした頭も魔術で乾かす。お腹が空いたがそこまで面倒を見てもらうのは申し訳ないので、ボータにでも声をかけてさっさと近くの町に行こう。
部屋を出るとドアの横に隊員が一人立っていた。びしっと敬礼されて気圧される。
「お目覚めですか。ユアンさまがお呼びです」
「あ、はい」
その人に案内されてユアンの執務室まで向かう。ユアンの部屋は無機質なレネゲード基地の他の場所とは違って豪華な調度品が置かれている、少し異様な空間だ。そういう趣味なのかな。
「レティシアか」
「何か用ですか?」
お腹が空いてるので手早く済ませてほしい。ユアンは椅子に深く腰掛けたままこちらを見た。
「伝えることがいくつかな。一つは、ロイドたちと別行動するならおまえのレアバードはこちらで燃料を提供できる」
「それはありがたいですね」
「……精霊の封印に行くのだろう?なぜロイドたちと行かないのだ」
へえ、そこまで私のことも筒抜けなのか。しかし流石に目的まで――クラトスとの取引まではバレていないと思う。
「私は精霊と契約をしたいわけではないので」
「ではなぜ、精霊の封印になど用がある」
ここで迷った。クラトスとユアンがどのような関係が分からなかったからだ。同じ打倒ユグドラシルを掲げていても、彼らは行動を共にしていない。レネゲードなんて編成してるあたりユアンの方はかなり前から動いていそうではあるんだけど。
そんなユアンに疑いをかけられると厄介だ。仕方ない、手の内を一つ明かすしかないか。私はポケットから精晶石を一つ取り出した。
「これを作るためです」
「これは……!」
「純度の高い精霊石です。私は精晶石と呼んでいますが」
「……なるほど。おまえは……一人でユグドラシルに挑むつもりだったのだな」
まあ、挑むというか封印してしまうというか。閉じ込めてしまうための結界の構築とか考えていたんだけどロイドたちが頑張ってくれるならそれも必要ない。
「そうですね。倒すべきは、ユグドラシルだけではありませんし」
「オリジンの封印、か」
「先に大樹を復活させたとしてもオリジンの力がなくては世界の統合は成りません。クラトス・アウリオンにどう対処するか、あなたは考えているのですか?」
一応話を振ってみるとユアンは意味ありげな微笑を浮かべた。あれ?思ったよりも自信がありそうだ。
「そのことに関しては何の問題もない」
「そう……ですか」
「我々には策があるということだ」
「あなたが自身でエターナルソードを扱う気でいると?」
実際、エターナルリングがなければ人間には扱えないのだ。もしユアンがオリジンを解放し認められたとすると、エターナルソードをの使い手として候補に上がるのは彼自身しかいないだろう。
「そうなるな」
ユアンは頷く。しかし、本当にそれが可能なのだろうか。
オリジンは長い間ユグドラシルのための世界の礎とされてきた。契約を破ってなお力を行使するために、封印までされて。そうして裏切った一人であるユアンを、オリジンは認めるのだろうか。
そのことを考えると、ロイドに託そうとするクラトスのほうが勝算が高そうだ。彼は現にしいなとともに他の精霊たち――ユグドラシルに裏切られた彼らとも契約を交わしているし。
「わかりました。他の用件を聞いても?」
「二つめはおまえもレアバードで空間転移装置を自由に使ってもいいということだ。もっとも、自力で転移できるかもしれぬがな」
どうやらボータは私がやったことをきっちりユアンに報告したらしい。他言無用で、はもしかしてドライの魔術にしか適用されなかったのだろうか。……そりゃそうか、ユアンは上司だし、私が使った魔術の話もしないとあの状況から助かった説明がつかない。
「世界間の転移は自力じゃ無理だと思いますけど……」
「魔科学でもなし、自力であそこまでやっておいてか?まったく、とんでもないな」
「はあ」
「どうだレティシア、もう一度言おう。我々に協力する気は――レネゲードに入る気はないか」
ユアンはまっすぐに私を見る。彼は手の内を明かした。断る理由は果たして、あるのか。
「私は召喚士ではありませんよ」
「わかっている。だがおまえの技術は我々にとっても有用だ。……いや、クルシスにとって有用すぎる」
すぎる、ときたか。私はクラトスの言葉を思い出していた。ユグドラシルの計画にとって私は利用価値があるということはクラトスも言っていた。
「レネゲードとしては私がユグドラシルに利用される可能性を見過ごせないということですか。しかし、すでに賽は投げられたのでは?」
「全ての精霊と契約したわけではない。マーテルの死が現実にならない限り、あれはいつまでも、幾度でも繰り返すだろう」
「なるほど。私としてはあなたに行動を拘束されるわけには行かないのですが」
クラトスとの約束はまだ果たしていない。そのことをユアンに伝えるつもりはなかった。ユアンは私をじっと見つめたあと、ため息をつく。
「……そうだろうな。仕方あるまい。ただ、移動はレアバードで行なってくれ」
「定期的に基地に来いということですね」
「そうだ」
「それくらいは構いません。……万が一のことがあればあなたが内部から手引きしてくれることを願いますよ」
ユアンの企みはおそらくユグドラシルにはまだ露見していないのだろう。ユアンはふっと、どこか自嘲するように笑った。
「そうならないよう行動するのだな」
「言われなくとも」
「話は以上だ。ここからならトリエットの町から火の封印が近い。あとはボータから聞け」
「そうさせてもらいます」
話を切り上げて振り向くといつの間にかボータが扉の近くに立っていた。ユアンより話しやすい相手だ。トリエットでオススメの食堂とか教えてくれないかな、なんて現実逃避気味に考えながら私は空腹を抱えた。


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